ルークとラウアヴェルが書き取り試験で赤点を取る少し前のこと。
キムラスカ領における光の都、バチカル。
譜石の落下によって出来た街。その街は天然要塞という異名を持つ。
そんなバチカルの港から、その街を今去ろうとする者が二人いた。
一人はやや髪の長い、そして白髪の混じった老人。
もう一人は、まだ青年の域に達していないあどけなさを残す金髪の少年。
着ている物はやや上等そうなもので、平民というわけではなさそうである。
彼らは、かの有名な公爵家で働いており、今しがた辞職し本国へ帰るところなのだ。
マルクト領内ホドを治めていた領主、ジグムント=バザン=ガルディオスが息子 ガイラルディアとその護衛ペールギュントだった。
だが、二人の足取りは少々重い。
「なぁ、ペール。カール五世陛下は・・・」
ガイは言葉を濁した。
今頃になってようやく出てきたホドの遺児を、ガルディオス伯爵子息として認めてくれるのだろうか、と。
バチカルのファブレ家でも、現マルクト皇帝カール五世のことは何度か聞き及んでいた。
ある程度は敵国らしく歪曲されているのだろうが、皆言うことは同じだった。
好戦的な皇帝。誰もが口を揃えて言った。
そんな皇帝だったとしたら、敵国であるキムラスカに、しかもその首都であるバチカルに暫く
公爵家使用人として暮らしていた、という事実が発覚すれば。
復讐未遂とは言え現皇帝にとってはまさに都合のいい餌となってしまう。
ガイの話を持ち出すだけで国家間情勢は悪化するのだから。
更に、フォミクリーの実験をしていたホドを崩落させたのは実験データの流出を恐れたことが一番の理由である。
そこへホド戦争での生き残りが出たなら。皇帝にとって都合の悪い存在でしかない。
『ガイが公爵家に住み込み復讐しようとしていた』と言うだけでキムラスカを怒らせることが出来
それが終われば良くて飼い殺しかマルクト追放、悪ければその場で『ホドの生き残りはいなかった』ことにされるだろう。
二人は
復讐しようとしていた人間を伯爵子息として迎えてくれるかどうか、それのみを心配していたが。
二人から考えても不利な情況であることには変わりはなかった。
暫く二人が悶々と考え込んでいたところで、ケセドニアへと向かう船への乗船が始まった。
それに気付いた二人は慌てて乗船のために並んでいる列へと急ぐ。
そんな二人を物陰から見つめる影がふたつ、そして別の物陰からもひとつあった。
「なぁ、アッシュ。遅くねぇ?」
時と所は変わり、その後しばらく経ったバチカル上層ファブレ邸では。
「何がだ」
ようやく今日の勉強から解放され、『ルーク』と『ラウアヴェル』の部屋として宛がわれた大きな二人部屋にてゆったりと寛いでいる赤毛二人。
「ガイだよ。もう3週間は経つのに手紙もこない」
「それは俺も気になっていた」
寛ぐ、というには下手をすれば勉強の時よりも深刻そうな顔で二人は話している。
「危険だ、とわかってはいたんだ。現マルクト皇帝カール五世陛下は好戦的なことで有名だ。
そんなところへ復讐未遂のガイを出せばどうなるかぐらい」
アッシュの言葉にルークは黙って頷く。
二人はわかっていた。現皇帝にとってガイが使い捨ての美味しい餌であり、目の上のたんこぶであることが。
アッシュもルークも伊達に世の中の流れを見てはいない。
だが、もし今自分達が考えている最悪のシナリオ通りならばもうマルクトからの通達が来ていてもおかしくはないのだ。
マルクトからの通達はおろか、噂すらキムラスカには入って来ていない。
これが、二人を深刻そうな顔にしている原因だった。
これもまた『共に遡った者』の仕業かと思ったが、状況が正しくわかっていない今
不確定要素が多すぎる。そのため二人はただひたすら情報を待っていた。
「こんなことになるなら、ピオニー陛下が即位するまでウチにいてもらうべきだったかな・・・」
ルークが癇癪をおこすように頭を軽く引っ掻く。
「だが、それでは到底ケセドニア北部の戦いは防げない。あの戦いはピオニー陛下が即位してから1年後だからな」
これは、二人にとって賭けでもあった。
ガイがなんとかして現皇帝の手を逃れて生き延び、まだケテルブルクであろうピオニーと接触が図れたなら
ピオニーと自分達との間に極自然な繋がりが出来る。
それこそが二人の求めるものだった。ケセドニア北部での戦いが始まるまでにピオニーを味方につけ
それによって戦を回避しよう、そう考えていたのだった。
結果としてガイを利用していることになってしまうのだが、現段階では二人にはそれくらいしか方法がなかった。
直接ケテルブルクまで行ってピオニーに話す、という手も考えはしたが
いまだヴァンがバチカルをうろついているという情報を入手した時点で却下となった。
それでは外に出た時点でヴァンがアッシュを誘拐するのは目に見えている。
確かに、ヴァンをそれとなく監視するということは自分達の計画上必要なことではあるが
現段階でそれを行ってしまうと、二人の連絡手段がなくなってしまう。
『便利回線連絡網』はまだ使えないのだから。
いや、連絡手段はなくはないが恐らく
自由に動けるようにならない限り、ルークと連絡は取れてもピオニーとは連絡は取れないだろう。
ヴァンはアクゼリュスを境に大地レプリカ計画を始動させる、ということはわかっているため
ケセドニア北部での戦いも
あれだけルーク達がヴァンと対話しても聞く耳すら持たなかった彼だ。
アッシュがヴァンを説得しようとしても恐らくは無理、だろう。
つまり、アッシュがヴァンによって誘拐されてしまうことで アッシュはヴァンを説得出来る可能性がほとんどなく
かつ、説得に失敗した場合にはケセドニア北部戦での犠牲、更にはヴァン側にジゼルがつくことに
なる可能性が極めて高いのだ。二人は、これが
その考えに至った二人は、今一番可能性のあるものに賭けたのだ。
もしかしたらヴァンがガイに接触し、ガイを引き込んでしまったかもしれない。
もしかしたらガイ達はマルクトへ行く途中で現皇帝の命令で捕まったかもしれない。
もしかしたら二人は分が悪い存在として密かに現皇帝の密命を受けた暗殺者を放たれているかもしれない。
悪い想像ほど色濃くかつ現実に起こり得る可能性の高いものとして次々と頭に浮かんでくる。
だが、二人は願った。ガイが無事ピオニーと接触できることを。
バチカルでも現皇帝の噂話を聞いていたガイが、グランコクマへ行こうとするのをやめることをただ願った。
「なんだと!? ガルディオスの息子が消えた!?」
マルクト帝国首都、グランコクマの最奥に位置する宮殿にて 大きな声がまるで叫び声のように響いた。
玉座には初老の男性が一人座っており、前には黒ずくめの小柄な男性と思われる人物が頭をさげている。
「はい。船でケセドニアへ向かいケセドニアに到着してからマルクト側の宿に泊まる
ところまでは確認したのですが、宿からいつまで経っても彼らは出てこず、宿の主人に聞いてみたところ
二人はもう宿を出たと・・・。我々は確かに扉に貼りつき様子を覗っていたのですが・・・」
黒ずくめの男は口元に巻くスカーフで声がくぐもっている。
カールは狼狽した。今目の前にいる人物を含めた、今回ガルディオスの息子の暗殺のための刺客は
カールにとって自分の命令を一番に実行し、それ以上の成果すらあげてきた、言わばカールにとっての
一番信用に足る人物達である。そんな彼らが、子供だましとも取れなくもないような話をするとは思えない。
それはつまるところ真実である、ということである。
だが、それではガルディオスの息子は何処へ行ってしまったのか。
その答えは今この場にいる人物達にはわからなかった。
「もう良い。さがれ」
カールは部下を下がらせ、顎に手を当て考え込んだ。
だが、不意に誰もいなくなった謁見の間に笑い声が響いた。
「俺がこの場に存在する限りガルディオスの息子が生きていようどうでも良い」
ガルディオスの息子だ、とわざわざ宮殿に出向いてくれるのならばそこを捕縛するだけなのだし
出てこなければ出てこないで何もせずに済む。
カールは高笑い、そして肘掛付近に置いておいたワイングラスを呷った。
その瞬間、首を両手で抑えてうめき その場に倒れ臥した。
誰か助けを呼ぼうにも苦くてそれどころではない。
そして今日に限って謁見の間には護衛や側近が誰一人としていなかった。
外へと続く扉を開けば護衛のための兵士はいるが如何せん今のカールには遠い。
だが、大きな声も上げられないカールはなんとか衛兵を呼ぼうと這いずりながら扉へと向かう。
「・・・こんなこと・・・
これが彼の最期の言葉となった。
その後半日ほどして書類を届けに来た兵士が、ドア越しに声をかけても返事がないことを不審に思い
無礼承知で開けたところで既に崩御されたカール五世陛下が発見された。
表向きには病死と片付けられたが、ワイングラスには致死量の毒物が混ざっていたという。
こうして、2年も早いマルクト帝国の後継者争いが幕を開けたのだった。
その話はすぐにキムラスカにも届けられた。
それにはルークもアッシュも驚きを隠せなかった。
二人の記憶ではカール五世が崩御されたのは2年もあとの話だったからだ。
ルークの場合は別のことを覚えるのに必死だったこともありその記憶はおぼろげだったが
アッシュはカール五世の崩御のことをよく覚えていた。確かにあと2年後だったことを。
自分達の知り得る未来が少しずつ違ったものとなっていく。
これも『共に遡った者』の仕業なのだろうか。だが、やはり確定要素はない。
二人は理由もわからず未来がズレていく様子に不安を抱いていた。今後どうなってしまうのだろうか、と。
ただ黙って見ていることしか出来ない自分達を歯がゆくも感じた。
ヴァンさえバチカルにいなければまだ対処のしようがあるというのに何故自分達は手をこまねいて見ているしか出来ないのか。
だが、二人は知らない。その『対処』の鍵がすぐ傍までやって来ようとしていることを。
それから1ヶ月ほど経ったのち、マルクトでは後継者争いで