上座にいるインゴベルト陛下のナタリアに公爵夫妻と共に礼をした。
「ルークよ、無事で何よりだ。・・・早速本題に入ろう」
『ルーク』への労いもそこそこに、インゴベルトはそう切り出した。
「まず封書にあった書の内容はまことか?」
「全て事実でございます」
アッシュがその問いに答えた。ルークは口を噤んでいる。
以前は『公爵子息のルーク』として発言を許されていたため気にはしなかったが
今は最初から『レプリカ』だと知られてしまっている。よって今この場で口を開いていいものかわからなかったのである。
「・・・そうか。だが、私は
『ルーク』の弟が生まれたことが
それは、レプリカであるルークが身代わりとしてアクゼリュスへ赴くということである。
それは二人の考え得る最悪の結果でもあった。
それではあとたったの数十年でこのオールドラントは終わりを迎えてしまう。
その時、一人の兵士がインゴベルトの前に跪いた。
「陛下、突然ながら新たに導師に即位したイオン様がお目通りをと」
確か公式な訪問はあと数ヶ月先だったはずである。
前導師エベノスが崩御され、すぐさまイオンが即位。ダアトとしてはエベノスの崩御を悲しむ暇もなかっただろうが
国の総代表としてはしかたのないことである。
それを考慮し、イオンのお披露目とも言えるその訪問はイオンが早めにと言ったのを強引にインゴベルトが先延ばしにしたはずなのだ。
それが何故非公式とは言え今来ているのだろうか。そうまでして早めにイオンはお披露目を早めに済ませたかったのだろうか。
考えても結局推測はできても決定打に欠けるため真意はわからない。インゴベルトはそう考え扉近くで頭を下げていた兵士に一言言った。
「偶然ではあるが王族が揃っておる。お通ししろ」
そのインゴベルトの言葉と共に謁見の間の扉が開かれた。
コツコツという靴の音がニ人分聞こえ、ルークとアッシュ二人と並ぶようにまずイオンが足を止め
続いて
「親愛なるインゴベルト陛下。私が新たに導師となりましたイオンと申します」
ルークとアッシュにとって懐かしい声が聞こえる。
だがルークの知るそれとは弱冠違っているように聞こえた。
確かあの『イオン』は初めて会ったあの時2歳だったことをルークは思いだし、ならばこの『イオン』はオリジナルだろうと予想をつけた。
それならばどことなく違うその声や雰囲気にも納得がいく。
そんな二人をよそにイオンはダアトにおける最大限の礼をしてみせた。
「前導師エベノスの御崩御、お悔やみ申し上げる。現導師におかれましては突然の即位に思うところがあるでしょうが
キムラスカは導師イオンの即位を心よりお喜び申し上げる。今後ともダアトとは良い関係を築いていけることを願いたい」
インゴベルトは当たり障りのない言葉で返した。
イオンはそれをやはり当たり障りのない返事をし、そしてルークやアッシュには見えなかったのだが
何処か思惑有り気な顔つきになった。
「ありがとうございます。ところで私、ひとつ
突然イオンが何を言い出したかと思えば、何故か謁見の間にて
ルーク、アッシュを除いた4人は不思議そうな顔をしていたが了承した。
二人は、この『イオン』がやろうとしていることがわかった。
自分達の知る過去ではあり得なかったことではあるが、もしかしたらまだいるであろう『共に時を遡った者』が関与しているかもしれない。
イオンは
「『ND2000 ローレライの力を継ぐ者、キムラスカに誕生す 其は王家に連なる赤い髪の男児なり 名を聖なる焔の光と称す
彼はキムラスカ・ランバルディアを新たな繁栄に導くだろう
ND2002 栄光を掴む者、自らの生まれた島を滅ぼす 名をホドと称す
この後、季節が一巡りするまでキムラスカとマルクトの間に戦乱が続くであろう
ND2018 ローレライの力を継ぐ若者、人々を引き連れ鉱山の街へと向かう
そこで若者は力を災いとしキムラスカの武器となって街と共に消滅す
しかる後にルグニカの大地は戦乱に包まれ、マルクトは領土を失うだろう
結果キムラスカ・ランバルディアは栄え、それが未曾有の繁栄の第一歩となる』
陛下はここまではご存知ですね。私がこれから詠むのはホドにて沈んだ第七譜石の内容です」
この、『ルーク』が死ぬという
まさか、これを黙認していたのか、と。だが続きが気になるのも確かで、言及は後回しにし
第七譜石の内容であるという
だが、ルークとアッシュは実はイオンがわざとシュザンヌ達に知らせるために言ったのではないかと思った。
「『やがてそれが オールドラントの死滅を招くことになる
ND2019
キムラスカ・ランバルディアの陣営は ルグニカ平野を北上するだろう 軍は近隣の村を蹂躙し要塞の都市を進む
やがて半月を要してこれを陥落したキムラスカ軍は 玉座を最後の皇帝の血で汚し 高々と勝利の雄叫びをあげるだろう
ND2020
要塞の町はうずたかく死体が積まれ 死臭と疫病に包まれる ここで発生する病は新たな毒を生み
人々はことごとく死に至るだろう これこそがマルクトの最後なり
以後数十年に渡り 栄光に包まれるキムラスカであるが
マルクトの病は勢いを増し やがて、一人の男によって 国内に持ち込まれるであろう
かくしてオールドラントは 障気によって破壊され 塵と化すであろう
これがオールドラントの最期である』」
謁見の間が静まり返った。
ルークとアッシュは知っていたから黙っていただけなのだが、初めて聞いた王族4人は言葉も出ない。
そして、暫く経って硬直からようやく最初に解放されたのはインゴベルトだった。
「ど、導師イオン! なんと悪質な! 導師とはいえこのようなことは!!」
どうやら悪戯でもされた、と思ったのかインゴベルトは憤慨している。
「お父様、
そして私にも
導師は嘘などついてはおりませんわ」
そんなインゴベルトにナタリアはそう言った。インゴベルトはその言葉にぐっと詰まった。
「導師よ、私はこの国の繁栄のため全てを
・・・その
ナタリアの言葉のおかげか、いくらか頭の冷えたインゴベルトはそうイオンに問いかけた。
「誓って嘘偽りなどございません。
・・・この
この
ただ、今まで通りにことを進めればこの
イオンはそう言うが、ルークとアッシュは不思議に思っていた。
エベノスが詠んだものが何故あるのか、と。それが公に出ていればああも世界が混乱することはなかっただろうに、と。
実はエベノス云々の発言については完全にイオンの嘘なのだが、今二人が気付くことはなかった。
「ならば、戦争の引き金となるアクゼリュスへルークを行かせることをやめてしまえば・・・」
インゴベルトは名案を思いついたと言うかのようにそう言った。
そうすれば
そしてレプリカを公爵跡取とし、『ルーク』を王位に就かせればキムラスカは安泰。
これならば、とインゴベルトは僅かに期待した目をイオンに向ける。
だが、イオンは首を横に振った。
「いいえ。ダアトでのパッセージリングの観測によりますと、アクゼリュスのパッセージリングは既に耐久限界を過ぎています。
いつ崩落してもおかしくない」
嘘だと思うならばキムラスカからも観測されてみてはいかがか、とイオンは付け加えた。
そのイオンの言葉にインゴベルトは唸った。イオンが嘘をついている様子がないからである。
対しイオンは、インゴベルトがなんとか
アクゼリュスがいつ崩落してもおかしくないのだとしたら、マルクトは崩落したその時に
キムラスカが何か譜業兵器で崩落させたのではないか、と宣戦布告してくるかもしれない。立派な布告理由だ。
現皇帝ならばそれはほぼ確実である。
今はホド戦争からまだ月日が経っていないため、キムラスカもマルクトも戦争などする余裕はない。
だが、今軍備を蓄えられでもしたらアクゼリュスが崩落した際確実に戦争が起こる。
それが始まってしまえばあとは
それは王としてもオールドラントに住まう人間としても困る。
インゴベルトはその差し迫った状況に頭を抱えた。
「・・・導師よ、貴方は何を望んでおられる?」
何もない、という方がおかしな話である。
「私はこの
ある特定の場所に行かなかっただけのような歪みではユリアの
そこで、積極的な回避をキムラスカ・ランバルディア王国に求めるため参上した次第です。
もちろんこの後マルクトにも要請するつもりだ、と付け加えるイオン。
だが、現皇帝が失脚するまでは言わないのではないかとルークとアッシュは思った。
もし今皇帝にその提案をすれば、
今は戦争をするほどの力がないとは言え、それだけはダアトとしても避けねばならない。
「恐れながら申し上げます、陛下。導師の言うことはもっともであると思います。
ですが、我々とて鵜呑みにするなどあってはなりません。よって、ここは間者を潜り込ませてみては?」
何か証拠があれば信ずるに値し、証拠がなくば出任せ、ダアトによる侮辱となる。
キムラスカにおける、いやオールドラントにおける不吉な
公爵、クリムゾンはそうインゴベルトに提案してみた。
「・・・そうだな」
彼の言葉にインゴベルトは同意を示した。
「導師イオン、後程ダアトに我々の間者を向かわせる。信ずるに値するかどうか、こちらで判断させていただく。
それでよろしいか」
「もちろんかまいません」
ダアトに間者、スパイを派遣することを導師が承認した。
この時点で考えられるのは、嘘偽りがないか、もしくは来た間者を始末し、その者に成りすまして報告する、といったところだろう。
間者として行くからにはそれなりの実力のある人間でなければならない。もちろん成りすましがないよう細工も必要である。
「よい返事を期待しております、陛下」
それを知ってか知らずか、イオンは承認するやいなやそう言うと謁見の間を退出しようとしたが、ふと足を止めた。
「陛下、我がローレライ教団主席総長、ヴァン=グランツは最近不審な動きをしております。
尻尾を掴む為今は泳がせておりますが、どうか陛下もお気をつけください」
そう言うと今度こそ、ごきげんよう、と退出していった。
後ろには
それをインゴベルトは黙って見送る。ダアト総代表である導師ですらもヴァンが怪しい動きを見せていると言っていた。
今目の前にいるこの、『ルーク』の弟を生んだのもヴァン。彼は何をしようとしているのか。
「公爵よ」
導師が出ていってから暫く沈黙が続いていたが、それをインゴベルトが絶ち切った。
「ヴァンの動きに注意せよ。『ルーク』を誘拐しようとした者だ。目的を探れ」
導師は『ルーク』の弟が生まれたことは知らないはずである。
犯人がヴァンであったとして、ダアトにそのレプリカを造ったことをのこのこと知らせれば
公爵子息誘拐犯としてあっと言う間にダアトから追放、キムラスカに連行されているだろう。
それにも関わらず導師は「ヴァンに気をつけろ」と言った。すなわち、彼が何か企んでいるということ。
『ルーク』が関わっているのなら捨て置くわけにはいかない。
「御意」
公爵は短く返事をした。
重い空気の中、シュザンヌがどうしても言っておきたいことがあったらしくわざわざ『陛下』と呼んだ。
おそらく兄妹や親戚同士といった間柄では済まない話なのだろう。
インゴベルトはシュザンヌに発言を促すと、彼女は話し始めた。
「先ほどの話の続きですが 私は死ぬとわかっていて民を殺すために息子を死地へ行かせたくはございません。
王族たるもの死を恐れてはなりませんが、民を殺し、戦争の引き金になるというのなら話は別でございます」
シュザンヌはそうインゴベルトに切り出した。
そんな彼女の態度にナタリアは漠然と悟った。
いくら身内という間柄でも、だからと言っていつでも『身内』でいてはいけないのだと。
王族は、親戚同士とは言えど国を動かすもの。
国を統べる者として、身内という枠を壊さなければならない時がある、と。
「私もそう思います。もし導師の言う
『ルーク』はたったの数十年の栄光のための犠牲ということになってしまいます。繁栄が確かな存在でないのであれば
ナタリアは、シュザンヌの態度から『ルーク達』の問題が国を動かす問題だと気付いたのだろう。
彼女は『王に対する王女』として発言した。
先ほどから黙っているが恐らく公爵も同じ考えなのだろう。
「・・・陛下、ご決断を」
短く公爵は発言を促した。
この後のインゴベルトの言葉で、アッシュが、ルークがどうなるか決まる。
「・・・『ルーク』に弟が出来た時点で
『未曾有の繁栄』が確かなものでない今、我々が
どことなく穏やかな口調でインゴベルトはそう発言した。
王族全員に安堵の息が漏れる。
当然だろう。公爵とて国の『未曾有の繁栄』のために我が子を犠牲にすることを選ばざるを得なかったのだから。
それが確かなものかどうかわからなくなった今、贄を奉げさせる者などいない。
今日初めて『ルーク』が犠牲になる予定だったことを知ったシュザンヌやナタリアも
みすみす『ルーク』をアクゼリュスへ赴かせ、戦争を起こさせないと知りほっとしていた。
シュザンヌは一安心した後、もうひとつの問題であるルーク達の方へ近寄った。
意図を察した公爵もルーク達へと近づいた。
「話は変わりますが陛下、この子をファブレ家で引き取って構いませんか? 『ルーク』も弟として扱っております。
故に新たにファブレ家の子息として迎えたいと思っております」
「『ルーク』が双子となって帰ってきたようなもの。私も妻と同じ意見でございます」
二人はそう言うと、ルークの肩をそっと抱いた。
レプリカであろうと、この子どもにも『ルーク』の血が流れている。
ならばどんな生まれであろうと愛する我が子がもう1人増えただけだ。
そんな思いからファブレ夫妻はそう願い出たのだった。
シュザンヌは体が弱く、アッシュが産まれた時ですら危うい状態だった。
そんな彼女にもう1人血の繋がった子どもが出来たのだ。嬉しくないわけがない。
「・・・今、名の無いその方をレプリカと言ってしまう無礼を許せ。
その子どもがファブレ家子息となることを望むならば、正式にファブレ家次男と認めよう」
そう言うと、発言を許す、とずっと黙ったままだったルークに許可がおりた。
ファブレ家子息となるか否かはルークに全て委ねられた。
「・・・造られた命であるお・・・私を王家に迎える、と?」
「造られた命であろうとなかろうとお前にも王家の血が流れている。
お前にはファブレ家の人間として生きる権利がある。なに、生き別れになった双子のようなものではないか」
逆行する前もルークは『ルーク』だと認められたが、『自分』が始まって1ヶ月も経たないうちに自分の生い立ちが発覚し
ルークはその上で個人として認められた。
ただ一言、ルークは言った。『ありがとうございます』、と。
「では彼をファブレ家子息とし、第四王位継承者とする。
そして・・・ううむ、名はなんとする?『ルークレプリカ』ではまずかろう?」
生まれが普通でなくとも人として扱うインゴベルトにルークは更に嬉しくなった。
レプリカといえど、言葉を話し、食べ物を食べ、自由に歩き、自分で考える。
人間と違うところなどない。生まれが普通でないだけなのだ。
「後ほどこの子の名を王宮へと提出致します。今すぐにはこの子の名をつけることなどできません」
出来ないと完全に思っていた二人目の我が子。それなりの名をつけてあげたいのが二人の心情である。
その思いはナタリアも、そしてインゴベルトも理解できた。
「・・・わかった。では後ほど提出せよ」