大和ミュージアムを訪ねて

今年2005年は終戦60周年記念の年であり、未曾有の巨大戦艦大和が坊ノ崎沖で沈んでから60年の年でもあります。そんな記念のこの年4月23日、大和の故郷呉市に大和ミュージアムが完成しました。
目玉はなんと言っても今現在考えられる最新考証の元、精密に再現された1/10の大スケールモデルの「戦艦大和」です。このニュースを知ってから何とか行って取材したいなあ・・・と考えていましたが、幸運にも行く事が出来ました。呉市はさすがに遠く、行くだけでも車で約6時間、車中泊などしてやっとの事で行きましたが、着いて実物の1/10の大スケールモデルを目にしたら・・・眠気も吹っ飛んでしまいました。
凄い、素晴らしい、どんな方法で、どの様に資料を集めて解析し、建造したのかは、大和ミュージアム館長、戸高一成氏著「戦艦大和復元プロジェクト」が詳しいので、興味の有る方は是非一度読んでみて下さい。
なお、ビジュアル版の主に写真で製作過程を紹介している本もモデルアート社から「日本海軍1/10戦艦大和」で出ています。

戦艦大和主要諸元:                   主要兵装:
全長:263m                       46cm主砲3連装×3
全幅:38.9m                      15.5cm副砲3連装×2
全備排水量:約72800t                12.7cm高角砲×12
最大速力:約27.5kt=約50.9km/時         25mm3連装機銃×50
航続距離:約14500km(16kt)


ミュージアムの前に飾って有る戦艦陸奥の41cm主砲とスクリュー。舵もちょっと写っています。
大和の主砲は45口径46cm砲でした。
一般に砲身が長ければ長いほど弾は遠くまで飛びますが、(大和で約42km飛びました。)
大和級になると甲板からは水平線の向こうまで飛んでしまって着弾点が見えませんでした。

なんと、前庭で大和の甲板を実物大で表現しています。(前左1/4艦首〜艦橋あたりまで)大和の甲板は台湾檜で出来ていました。歩いて見ましたが、随分広く、板張りの甲板を見事に表現しています。
ここからは1番2番主砲、副砲の大きさ、位置が分かります。

逆光でちょっと撮影しにくいのですが、なんとかソフトで処理してみました。
船体は本物の船と同じ方法で建造されています。建造は地元の山本造船さんが請負いました。
発注〜納期まで1年半と凄いスピードで完成したそうです。
で・・・・お値段ですが、なんと数億円だそうです!!スクリュー4つで東京あたりの小さなマンションも買えるほど・・・の値段だそうです。驚きです。

昭和16年10月30日四国宿毛沖で公試運転中の戦艦大和。同年 12月16日連合艦隊に編入されました。

1/10スケールで全長26.3mもあります。
3階からこの写真撮影していますが、とても全部入りません。
甲板ですが、大和は15cm幅の台湾檜で仕上げてありました。このモデルも実際の1/10のスケールでタモ材で作って有るとのことです。

訪問日:2005.5.2

それでは各部分のクローズアップ。
まずは・・・・舵とスクリューです。
舵は主舵、副舵の2つ装備しています。

スクリューは直径5m×4、それぞれ外回りに回転します。
大和のエンジン最大出力は約15万馬力、これでスクリューを毎分223回転、最大スピード約51km/時で航行可能でした。

艦尾カタパルト付近。このカタパルトは
零式観測機を発射する為のものです。
本来は零式観測機がこのカタパルトに載っています。

零式観測機の目的ですが、主砲弾
の着弾点の観測が主な任務でした。


大画面のCGで零式観測機がカタパルトから発射されて行くシーンが見られますが、とてもリアルです。何回も見てしまいました。

3番主砲、後部副砲付近。右下の開口部
は長さ11mの内火艇を収容する入口になっています。

煙突付近。大和は重油専用ボイラー
でしたので煙はそうは出なかったとのこと
です。

公試運転の写真でも煙はそう出ていません。
米軍機に備えて対空用シールド付3連装機銃
を多数装備しています。

艦橋付近。大和と武蔵は同型艦ですが、この艦橋、煙突などに細かい違いがあります。
竣工時は煙突の横にも15.5cmの副砲が装備されていましたが、対空機銃増設の為撤去されました。この状態は昭和20年春の時のものです。
上部構造物はマーベリングという会社(映画ゴジラのミニチュア建物など作っている会社です)が請け負いました。素晴らしい出来栄えです。

1番2番主砲付近。大和の最大の特徴はこの46cm主砲でした。当時としては世界最大で、大艦巨砲主義の象徴的な戦艦でしたが、ご存知のように航空機の台頭により、あまり活躍出来ませんでした。
このモデルでは主砲の内側のライフル(螺旋溝)も精密に再現されています。

艦首部分、、今ではタンカーなど当たり前のバルバス・バウ(球形艦首)ですが、大和が世界に先駆けて採用しました。
これにより波の抵抗を減らして燃料も節約出来ました。

後ろからの戦艦大和。正に堂々たる風格が良く出ていると思います。

SPECIAL PHOTO REPORT

琵琶湖に不時着水、湖底から引き上げ、その後復元された零式艦上戦闘機62型。通常の零戦よりもスピナーが大きくなって?います。
零戦はエンジン形式名こそ違え、出力は変わらず、従って各型性能にそう大きな違いはありませんでした。

復元状態は素晴らしく、当時の零戦様子が良く分かります。

零戦62型に搭載された栄31甲型エンジン。
見る限り良く復元してありました。
最終型は63型ですが、この頃にはすでに戦局は敗色濃厚、悲しいかな特攻に使われる機体が大多数でした。

戦艦大和の建造されたドック跡。今は埋め立てられて大きな工場になっています。(石川島播磨重工)当時の屋根骨組みなどなまだそのまま残っているとの事でした。
県道すぐ横の横断歩道陸橋から撮影。
大和ミュージアムから歩いて約15分の所で非常に近いです。

大和の建造されたドックのすぐ横にある歴史の見える
丘にある戦艦大和之塔。

塔が大和の艦橋の形になっています。沈没時乗組員
約3000余名もの方々が亡くなりました。

つつしんでご冥福を祈りたいと思います。

当日の私。あまり寝ていませんでしたが、このモデルを目にした途端、驚きの連発で興奮状態。
また機会を作って是非行きたいと考えています。

2005.5.8

いかがでしたでしょうか?昭和30年代に子供だった我々の世代では漫画では少年マガジン、少年サンデーの零戦、戦艦大和などが出て来る戦記物、野球は巨人、相撲では大鵬、柏戸、あと玉子焼き?が大好きな世代でした。戦艦大和と言う軍艦が有ったのは知っていましたが、模型でしかその大きさ、形など知ることは出来ませんでした。今まで1〜2隻程作っています。

このほど呉市に出来た大和ミュージアムの1/10大スケールの超精密モデルは子供の頃の憧れをズバッと実現してくれたのかなあ・・・?と思っております。あの子供の頃に戻ったように眠気や疲れを忘れて熱心に見入ってしまいました。そんな興奮や熱気を感じて頂ければ・・・・思っています。最後まで見て頂きまして有難うございました。大和ミュージアムの公式HPは以下の通りです。

http://yamato.kure-city.jp/

編集後記

現在の大和の様子。(模型)坊ノ崎沖約350mの海底に静かに眠っています。
1999年、潜水艇が大和の撮影に成功しました。
ミュージアムで見る事が出来ます。