山歩き 3000m峰21座完登

'90年8月10日、表銀座からの縦走、槍ヶ岳を目指しました。この写真は友人に撮ってもらいました。気に入っている写真です。

山歩きの趣味ですが・・・・・やはりもっと詳しく書いて見ようと思っています。
始めたのは・・・・・'86年あたりからでした。きっかけですが・・・・小生の家の前に鈴鹿山系が連なっていていつも気になっていました。'86年春あたりに中日新聞に「鈴鹿の山を歩こう会」という記事が載っていて参加者募集が載っていました。春秋の良い時期に鈴鹿の山々を歩こうという趣旨で、これは面白そうだというので参加してみました。で面白くなって嵌りましたね。山歩きの3種の神器、靴、ザック、雨具を早速買って来てしばらくは鈴鹿の山々を歩いていました。そのうちに「山好会」という山歩きクラブ主催の北アルプス白馬岳登山ツアーが募集になっていて これに応募、初めての北アルプスは白馬岳でした。これに参加する為にミレーの40Lザック、イタリア・ザンバランの「Fujiyama」の靴も買っていよいよボルテージが上がって行きました。

美しい景色を眺めながらの縦走や登頂した時の感激などサイクリングと違った楽しみもあり頂上まで行くので景色が非常にきれい、達成感も凄くあるので何年間かはサイクリングよりも熱心に活動していました。毎夏アルプスに出かけて気が着いたら3000m峰はほぼ登頂達成していました。深田100名山はまだ40程度ですが、そのうちに全部登りたいと考えています。

山歩きを始めたきっかけの中日新聞主催の「鈴鹿の山を歩こう会」会員証です。なぜか未だに大事に持っています。最初の山は・・・竜ヶ岳でしたかね?鈴鹿7マウンテンとして入道ケ岳、鎌ケ岳、御在所岳、釈迦ケ岳、竜ヶ岳、藤原岳、御池岳が指定されていました。この企画で全部登りました。

・・・・その次のステップで'89年7月山好会主催で白馬岳へ行きました。多分素晴らしく景色が良かった・・・・???と思うのですが・・・2日間とも雨でさあ帰るという段になって晴れてきてチト癪でした。ガスで全然見えずこの山行はちょっと消化不良でした。翌'90年7月、'96年7月にも行って大雪渓の白馬岳を満喫して来ました。

■憧れの北アルプスへ

'90年8月、単独で北アルプス表銀座縦走へ行きました。4泊5日で中房温泉〜燕岳(燕山荘伯)〜西岳〜槍ヶ岳(槍ヶ岳山荘泊)〜大喰岳〜大キレット〜北穂高岳(北穂高小屋泊)〜穂高岳山荘泊〜奥穂高岳〜上高地というものでちょっと危険な目にも遭って滑落事故も目撃したりして忘れられない山行きになりました。

■愛用の山道具たち

ザンバランの次はGORO「テン」をずっと愛用しています。'93年春に購入。職人気質を感じる非常に良い靴だと思います。

東京まで出向いて購入しました。GORO No4の
カタログです。

ザックはやはり定評のあるもの左からKarriemor35L、Millet40L、73Lです。73Lはテント装備と食料15食程度入れます。

雨具はモンベル、ゴアテックスストームクルーザーです。

■よく読んだ本

やはりこの本はバイブルですよね。

新田次郎のノンフィクション、不世出の大登山家加藤文太郎の物語「孤高の人」。むさぼるように読みました。念願かなって浜坂の文太郎の墓へお参り出来ました。

■最初の3000m峰は富士山

この写真の記録がちょっと見当たらないのですが・・・
まだ20代前半の頃会社の同僚と富士山に登った時のものです。この時はまだ山には目覚めていません。(靴は何と・・・・スニーカー!!!)

夜11時頃登り始めて朝に頂上に着き、ご来光を拝もうというものでした。
いや、疲れましたね。で驚いたのが物価が非常に高かったという事。普通の3倍?この時に荷物を上げる強力に出会いました。この頃はまだ強力が活躍していましたね。
この後10年以上経って('86年あたりから)山は良いなあ・・・・と思い始めて山歩きを始めました。

この時はまだザンバランを履いていました。'90年8月11日燕岳頂上にて。

'90年8月12日最初の槍ヶ岳頂上です。この先の北鎌尾根で加藤
文太郎は遭難してしまいました。

奥穂高岳は'90年8月15日登頂。頂上は・・・・生憎の雨でした。

有名な穂高岳山荘です。ここのオーディオ装置には驚きました。
J.S.BACH、Mozart, Chopinなどクラシックがかかっていました。

槍ヶ岳山荘を出発してすぐの穂高連峰。この先の大キレットで滑落事故を目撃してしまいました。北穂高岳では落石に遭いました。

■その他歩いた北アルプス方面の山

白馬岳は'90年7月28日登頂。真夏でも大雪渓が残り初心者にも優しい山です。あの植村直己が最初に行った山はこの白馬岳でした。

'97年8月に縦走した後立山連峰。五竜岳は8月12日、鹿島槍ヶ岳は8月13日に登頂。唐松岳〜爺ケ岳まで縦走しました。

'94年に登った剣岳と立山。剣岳は8月8日登頂。この日は天気が良くて日本海が見えました。立山は8月9日登頂。立山最高峰の大汝山です。

剣岳と立山はキャンプで行きました。目の前には剣岳が1日中見えていました。

霊峰白山は'94年7月24日登頂。これもキャンプで
愉しかったですね。

■中央アルプス方面

木曽駒ケ岳は'91年7月30日登頂。この後例の宝剣岳の頂上にも登りました。(非常に狭いです。)

ポツンと離れている恵那山ですが3回ほど登っています。
これは'93年10月23日に登頂。この時期に吹雪でビックリしました。

■南アルプス方面

'93年8月行った甲斐駒ケ岳(8.8登頂)と仙丈ケ岳(8.9登頂)はキャンプで行って天気にはあまり恵まれませんでした。雨具はこの時はまだ、ミクロテックスのものを使用していました。天気に恵まれない山行もたまにはあります。

白根三山は'91年に縦走しました。北岳は8月10日登頂。
北岳〜間ノ岳〜濃鳥岳を含む3000m峰が5つもある豪華な縦走路です。1回しか行っていませんが、ここから見る富士山は非常にきれいですね。

北岳から見る富士山。標高第2位の北岳から第1位の富士山を見るとこのように見えます。

このあたりの赤石岳、聖岳、悪沢岳、荒川岳、塩見岳は3000m峰21座完登を意識し始めた'99年あたりに纏めて登りました。赤石岳は'99年8月13日登頂、聖岳は8月17日に登頂しています。聖岳は大きな山で歩いても歩いても山が遠かった想い出があります。

■その他の主な山

自転車でアプローチして登った唯一の3000m峰は乗鞍岳。00年7月29日登頂。写真は2回目の'04年7月26日のもの。スカイラインのダウンヒルは快適でした。近くの御岳は'98年7月26日に登頂。

北海道利尻岳は2005年8月4日登頂。北海道ツーリングの途中で登りました。

九州の名山、祖母山は帰省して'93年9月15日登頂しました。

中国地方の名山、伯耆大山は2回登頂、この写真は'92年5月1日登頂のもの。2009年の山陰ツーリングでは大山が良く見えて感慨深かったですね。

四国にも遠征して石鎚山、剣山に登頂しました。石鎚山の鋭い
尾根です。人がいるあたりが頂上です。→

四国石鎚山は'94年5月2日登頂。

同じく剣山は4月30日に登頂。

紀伊半島最高峰八経ケ岳は'93年6月27日登頂。

厳冬期の伊吹山は'05年1月30日登頂。最初の本格的冬山だったと思います。

←・・・・で2011年、1月26日、厳冬期高見山へ行ってきたという訳です。
こうやって見ているとUPした山々はもう本当にごく一部でしかないのですが、良く山へ行ったなあ・・・・と感慨深いです。

最後の最後で小生のまあ・・・・チト恥ずかしいのですが・・・・・3000m峰21座完登は00年9月6日でした。ヨシッ!!次の山行で3000m峰全21座登頂するぞ〜〜〜〜!!ってんで出発前に生地買って来て写真のような垂れ幕作りました。で作って持って行って最後の3000m峰は雨で行けなかった前穂高で、登って来た人に撮ってもらいました。若い人でしたが、非常に驚いてまた「本当ですか?」と喜んでくれました。

■編集後記

今回のこのファイルですが・・・・写真を探すのに2日かかってしまいました。なにしろまだ銀塩の時代で撮影したらお店に持っていて現像していた時代です。で几帳面にアルバムに纏めていて(笑)まあそれを探すだけだったのですが・・・・・他にも自転車や家族その他のアルバムも多数あり、いや、ファイル製作よりも疲れました。(笑)でなんとか纏めたのがこのファイルです。山歩きものめり込んでしまして各方面行きました。ピークはやはり'90年〜'94年あたりでこの当時はサイクリングよりも出かける日数ははるかに多かったです。仲間もいて大変愉しかったですね。2000年に3000m峰21座達成してから一服と言う感じでその後はまたサイクリングに戻っていますが・・・・今でも装備は当時のままいつでも行ける様にはしています。まあ厳冬期冬山以外ですが・・・・・知り合いのサイクリストにもう深田100名山達成するという人がいて少なからず刺激を受けています。ぼちぼちと登っていたらまあそのうち達成出来るのでは?と考えています。自分としてはまだまだ山歩きは非常に愉しいので続けようと思っています。サイクリングで平地や峠を走って山歩きで山のピークへ登ったり縦走したら・・・・考えるだけでも非常に愉しいですよね。まあ今後とも体力の続く限り山歩きは続けようと考えています。最後まで見て頂いて有難うございました。

2011.1.30