2012.9.23

TOM2012 「ああ野麦峠」
政井みねゆかりの地を訪ねて

河合町でTABOOさんと出会って3人で走って行きます。地元の方とちょっとおしゃべりしました。

河合町はやはりというか、政井という姓の家が多いです。

兄辰次郎が建立した親鸞聖人像。

専勝寺の本堂はこんな感じでした。この裏にみねのお墓があります。

PM5時前に宿のシャレー中西さんへ到着しました。

←R41号を走って飛騨高山駅へ。これで次回の高山〜野麦峠〜松本のランにつながります。ここでnakanoさんと441Mさんに出会ってシャレー中西までご一緒することに。

喫茶「マロニエ」さんに寄りました。おしゃべりが愉しかったですね。

JR飛騨古川駅にて。ここに来たのは初めてです。

小生は暑かったので冷やしうどんとご飯をオーダー。

飛騨古川の入り口にて。もうお昼です。どこか良いお店無いかなあ・・・・・・・???

■河合町〜飛騨古川

みねの兄辰次郎がみねの供養の為に建立した「親鸞聖人像」

昭和43年出版山本茂実原作「ああ野麦峠」
この本は第19版です。

山本茂実原作「ああの麦峠」の主人公政井みねのお墓は出身地の河合町専勝寺にあります。お参りして来ました。

今回のTOM2012は飛騨高山付近で行なわれる事になり、走行コースを考えていましたが、やはり前々から行きたかった山本茂実原作「ああ野麦峠」ゆかりのコースとすることにしました。ゆくゆくはかつて政井みねが歩いたコース、河合町〜飛騨古川〜飛騨高山〜美女峠〜寺坂峠〜(野麦旧街道)〜野麦峠〜寄合渡〜奈川〜松本〜塩尻峠〜岡谷という全155km程度のコースを1つ走破してみようと考えています。
今回は高山まで走って次回は高山〜野麦峠〜松本、3回目は松本〜塩尻峠〜岡谷という3回に分けて走ろうと考えています。映画「ああ野麦峠は」'79年(昭和54年)に封切り、政井みねは当時22歳の大竹しのぶが演じていや、大変良かったです。兄の辰次郎は最近亡くなった地井武男氏が演じています。当時の日本の富国強兵政策の重要な役割を担ったのはまだいたいけな少女たちでした。「百円工女」と呼ばれた政井みねですが、当時の百円は平屋の家なら2軒建てられる程の大金でそう豊かでなかった飛騨の人々はこぞって娘を糸引きに出したのでした。


■走行:2012.9.16
■走行コース:JR角川駅〜河合町〜飛騨古川〜飛騨高山〜シャレー中西 走行距離:約47km

同じく辰次郎が建立した「弘法大師像」

←もうすぐ宿です。この道、高山からずっと登り傾向でなかなか大変です。

■飛騨高山〜シャレー中西

飛騨古川の古い街並みにて。この通りには昔ながらの白壁の家が多数ありました。

シンコ(新工女)と呼ばれた当時の11〜12歳くらいの女の子の像。

旅館の川向いにある文学碑。「ああ野麦峠」の1節が書かれていました。

八ツ三館の玄関を入った所。歴史を感じますよね。

八ツ三館は純和風の旅館です。広い玄関。

創業150年を数える飛騨の老舗旅館「八ツ三館」さんです。工女ゆかりの宿としてあまりにも有名な旅館です。

市内の食堂「匠」さんに入りました。

■飛騨古川〜飛騨高山

そのサイクルショップの「やなぎ」さんです。小1時間お邪魔してしまいました。

岩佐商店でちょっと休憩。もうすぐ飛騨古川です。

途中で見つけた自転車店で。おおっ!!Lyotard♯23や向こうにLOOK PP65,今時珍しい5段フリーが見えます。

みねの墓がある専勝寺です。町のほぼ真ん中あたりにあってすぐ分かります。

河合町は狭い小さな町でこれといった産業が無くて狭い田んぼがちょっ見られたくらいです。ちょうど稲刈りの時期でした。→

河合町の外れに兄辰次郎が建立した弘法大師像があります。

ちゃんとみねの墓の案内もありました。

ゆっくりスタートして河合町へ。まずは・・・・やはりみねのお墓のある専勝寺へと向かいます。町の案内看板を見つけました。

■走行コース図    走行:約47km (クリックで拡大します)

■参考文献

スタートはJR角川駅。

車のPがちょっと心配でしたが、問題なかったです。
駅の南側に大きな広場がありました。

政井みねは明治21年2月3日生まれで腹膜炎で明治42年11月20日午後2時ころ野麦峠の上で亡くなりました。わずか20歳の生涯でした。

'79年封切りの映画「ああ野麦峠」は明治から昭和にかけて飛騨から信州岡谷に糸引きに出かけた女性たちを1人1人丹念に取材して1冊の本に纏めた山本茂実の「ああ野麦峠」を映画化したものです。

主演は当時22歳の大竹しのぶ、、兄辰次郎は地井武男が演じました。


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