文学散歩 「二十四の瞳」の小豆島ツーリング

姫路港を出港してから1時間半、まもなく小豆島福田港に到着です。さあ今回はどんなツーリングになるのか?

この夏あたりから文学散歩と称して作品のゆかりの地を巡るツーリングを行っています。自慢では無いですが小生は読書が大好きでいつも文庫本持っています。暇な時には取り出して読む・・・・・といった案配ですね。気がついたら文庫本は3桁ありちょっと置き切れなくなって来ています。1回読まなくなった本は処分したのですが・・・・???
で今回は壺井栄原作の「二十四の瞳」です。どちらかというと晩年の作品で、1952年夏の軽井沢で執筆されています。初版本はその年に出版されて評判になりました。映画化はその2年後(1954)封切りになっています。監督は定評のある木下恵介、主演は当時28歳の高峰秀子が演じて師範学校出の20歳前半から昭和23年にまた先生になる40歳過ぎまでの大石先生を見事に演じ切りました。昭和29年キネマ旬報ベストテンの中の第1位作品に選ばれています。
生徒役の12人ですが、1年生、6年生、成人してからの3世代で大変良く似た姉妹や兄弟から厳選してあたかも1人の人がだんだん成長していくかのような錯覚に陥ります。見ていて全然違和感がなくて時の流れに沿って撮影したのかなあ・・・・?と思ったほどでした。

ストーリーはもうご存知の様に昭和3年4月4日、小豆島の1寒村の岬の分教場に1人の若い師範学校出の大石先生が当時としては大変珍しい自転車、洋装スタイルで颯爽と赴任して来ます。初めて担任になった1年生12人との20年に及ぶ、共に歩む人生の物語ですが反戦のメッセージが強くこめられています。20年の長い間に日華事変、日中戦争、そして太平洋戦争が次々に起こり教え子の男子生徒の5人は出征して行きます。生きて帰って来たのは2人だけ。大石先生の夫も戦死してしまいます。学校の方針がいやになった大石先生は戦争を機に職を辞めてしまいます。教え子で教師になった早苗の勧めで昭和23年にまた教師になり再び岬の分教場に赴任することになります。・・・・そんなある日、かつての教え子達が歓迎会をマスノの実家の水月楼で開くことになりいそいそと出かけて行きます。床の間には皆で出し合って大石先生に贈る自転車が・・・・・涙、涙の歓迎会で、映画は贈られた自転車で雨の中、岬の分教場に通うシーンで終わります。

■走行:2011.10.1〜2
■走行コース:

10月1日:姫路港〜福田港〜橘峠〜古江〜岬の分教場〜二十四の瞳映画村〜安田〜小豆島オリーブYH(泊) 走行:約34km
10月2日:小豆島オリーブYH〜竹生〜土庄〜県道253号〜県道26号〜福田港 走行:約45km     TOTAL 79km


■参考文献

■走行ルート

■小豆島の主な見所

■大坂城石垣石切丁場跡

小豆島は石の有名な産地で秀吉が大坂城築城の際に大名に命じてここから石を切り出して大坂まで運ばせて大坂城を築城しました。今でもまだ切り出し途中の大きな石が現存しています。ここと小豆島北側県道26号線沿いに記念公園があって当時使った石切の道具や運搬の為の荷車他多数が展示してあります。

小説「二十四の瞳」原作:壺井栄
角川文庫刊

小豆島へ「二十四の瞳」関連の目的で行くのならば是非読んでおきたいですね。
この小説は作家壺井栄晩年の作品です。父は醤油の樽職人の家庭に生まれて同郷の黒島伝治、壺井繁治に刺激されて作家の道に進みます。文壇デビューは37歳の時で遅咲きの作家でした。

「二十四の瞳」は昭和27年夏に軽井沢で執筆されて早速映画化が決まります。木下恵介監督、高峰秀子主演で撮影は約半年かかってクランクアップ、昭和29年に封切りになって同年キネマ旬報ベストテン第1位作品に輝いています。小豆島は映画封切り後一躍脚光を浴びることになったのでした。

■「二十四の瞳」歴代映画

2本あります。

■1954年版 木下恵介監督作品                                             
大石先生:高峰秀子
大石先生の夫:天本英世
男先生:笠智衆
小林先生:高橋とよ

■1987年版 朝間義隆監督作品
大石先生:田中裕子
大石先生の夫:武田鉄矢
男先生:坂田明
おなご先生:友里千賀子


右の写真は大石先生が足を直すために病院まで乗って行ったボンネットバスです。病院の帰り道、大石先生に会いたい一心で約8kmを歩いて来た子供たちと出会って何日か振りの涙の再会となったのでした。映画ですが・・・・レンタルで借りて見ていますが・・・・是非やはり1954年版は手元に置いておきたいですね。なお岬の分教場の前に土産屋があり、DVD販売していました。

■マルキン醤油記念館

小豆島は醤油の製造が昔から盛んな所です。メーカーもいくつかあり、ここマルキン醤油さんでは記念館を建てて公開しています。各醤油の製造の過程や昔の製造に使った道具、また名物のオリーブオイルなども展示してありました。

■岬の分教場

岬の突端、田浦にあり昭和46年3月24日まで実際に使われていました。当時のままに保存してあります。小説「二十四の瞳」ではこの分教場がモデルとなって映画撮影も行われました。

■二十四の瞳映画村

主に'87年版田中裕子主演の「二十四の瞳」のロケセットを映画村としています。岬の分教場やボンネットバス、昭和初期の街並みなどが再現してあります。

一番目を引いた展示はやはり原作者の「壺井栄文学館」でなんと!!昭和27年夏に軽井沢で執筆された「二十四の瞳」本物の直筆原稿295枚全部展示してあります。もうこれは非常に驚きました。あと壺井栄の生涯のビデオなど必見ですね。

■小豆島オリーブ公園

日本で最初に実ったオリーブ園です。小豆島は全島でオリーブ栽培が盛んですが、特にこの水木地区あたりは最も盛んでした。自転車で走って行くとオリーブの香りがしました。

■土庄港 平和の群像

昭和29年「二十四の瞳」映画封切りを記念して地元香川県丸亀市の彫塑家が製作、当時のお金で1000万円かかったそうです。除幕式は昭和31年11月10日、モデルはもちろん高峰秀子とその教え子12人です。大石先生は特に横顔が似ているそうです。見に行ったら是非横顔を見て下さい。

■世界一狭い土渕海峡

ギネスにも載っている世界で一番狭い海峡だそうで幅は9.93m、これならば海峡横断水泳も夢ではない・・・・・・???(笑)

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2011.10.5