5月17日:雨で停滞 (東山YH泊)

さて、朝起きて外を見たらまだ降っていません。がしかし・・・・・・降ってきそうな雲行きです。案の定、それからしばらくして降ってきました。朝食を済ませて・・・・・さて、今日はどうしよう・・・・???明日は晴れの予報。今日なんとかやりすごせば明日は我が家です。自転車店巡りも考えましたが、ここはやはり・・・・・こういう場合でないと出来ないことをしようと考えました。たとえば・・・???

観光地巡りはまあ普通ですが、京都の象徴である舞妓さんは間近でまだ見たことがなく、1度は間近で見てみたいものだと思っていました。そしたら・・・・丁度「鴨川をどリ」というのをやっていて、これだっと思い、見て行く事にしました。それと京都は歴史の街ですので、たとえば信長の本能寺であるとか、光秀の終焉地六条河原とか、宮本武蔵の一乗寺下り松の決闘跡地とか、見たいなあ・・・?と考えましたが、今回は本能寺に行くことが出来ました。それではレポートをどうぞ。

朝、起きて今日の予定をちょっと考えました。

まず、小学校以来の、清水寺に行くことにしました。
なにしろ、45年振りです。(笑)

京都バスに乗って清水道で降ります。
当時の記憶なんかはとっくにないですが、こんな所を歩いていったのかなあ・・・・・???と思いました。

でさすがに修学旅行生が多い!!この時は新型インフルエンザの影響はそう出ていませんでした。

清水寺です。

左に大きな朱塗りの山門が見えています。
やはり国際的な観光地で、韓国であるとか、中国であるとか、アメリカ、欧州からも多数の観光客が来ていました。

右手の方に本堂があります。まだ朝早いのですが、もう修学旅行生がいました。引率の先生も大変です。

清水寺からの京都。さすがにここからの京都は美しい街です。新緑も映えて一幅の絵みたいです。

ここからの絵が有名ですよね。

写真は清水寺本堂です。修学旅行生がこの時間ではもう沢山来ていました。

純日本的な美しい風景だと思います。

さて、このあとどうしようと取りあえず祇園まで歩いて行きました。そしたら・・・・・・

1枚のポスターが目につきました。今月は先斗町の歌舞練場で「鴨川をどり」をするそうな。これだっと思い、見に行くことにしました。

祇園で目に付いた「鴨川をどり」のポスター。

ここに写っている人は全員舞妓さんです。
素朴な質問で舞妓と芸妓はどう違うのか???

鴨川をどりでは舞妓さんは7人でした。1番大きな違いは年齢、大体20歳までの方が舞妓でそれ以上は芸妓と呼ばれます。つまり、舞妓は芸妓の見習い・・・・という訳です。

髪も舞妓は地毛ですが、芸妓はかつらです。そのために舞妓はまくらも特別な高い物を使用します。

着物も違いますよね。振り袖は舞妓、袖の短い着物は芸妓です。
あと舞妓は口の紅は下しか塗ってないです。

いや、これは京都でしか見られませんよね。そんなに高くはなかったし、鳴り物は本職の方の生演奏で良かったです。

先斗町です。

♪富士の高嶺に降る雪も

京都先斗町に降る雪も

雪に変わりはないじゃなし

溶けて流れりゃ皆同じ♪

・・・・・なんかこんな歌がありましたよね。(笑)
ここがその先斗町かとしげしげと見て歩きました。

通りは細いです。両側にお店がずらっと並んでいました。

・・・・歌は和田弘とマヒナスターズ、「お座敷小唄」でした。

先斗町歌舞練場です。

公演は日に3回、5月1日〜24日までです。
私は最初の12時半開演の券を買いました。

2時間位前から待っていましたが、(笑)出演する人は自転車の人、歩きの人、タクシーの人、様々で普段服の人が大半でしたが、すでに舞妓姿で出勤の方も見えました。

歌舞練場の前には待合場がありますが、だんだん人で埋まってきました。

さて、中に入りました。大体満員御礼でした。
やはり舞妓人気は凄かったです。出し物は・・・・

■艶競べ女歌舞伎
■京都四季ごよみ

・・・・・でした。ちゃんとストーリーになっていて、最初のは敵対する歌舞伎劇団の笛吹きと女役者が恋に落ち、駆け落ちしようとしますが・・・・???
日本版ロミオとジュリエット・・・・みたいな感じの物語でした。

後の方は舞妓と芸妓の踊りがメインとなっています。台詞で決まると拍手が起き、いや、とても面白かったし、皆さんきれいでした。出し物は撮影禁止でした。悪しからず。

その後は・・・・・

新京極通りをブラブラ、と気が着いて、北側にあの本能寺があるじゃないですか?早速見に行くことにしました。

本能寺は信長が光秀に討たれた時はもう少し離れた場所に(南東の方角)有りましたが、諸事情でここに移転したという事でした。

うまい具合に信長の遺品展示会が行われていて、これは良い機会だと思い見ていく事にしました。


写真は本能寺の山門です。

この看板が目につきました。
信長遺品展開催中とありました。


ナヌッ!!

これは見て行くっきゃないと思いました。
当然の事ながら・・・・・写真撮影はだめでした。

信長公の所用大小刀、兜、鎧、直筆の巻物など展示してありました。
信長は先進的な考え方の持ち主で最初に鉄砲に目をつけて鉄砲隊を組織し、数々の戦で勝利を収めました。

でちょっと狂気の一面もあり、比叡山の僧侶と女子供3千人を殺してしまうなど???な一面もありました。光秀にやられなかったら秀吉の前に多分最初に天下を取っていたと思います。

信長公の墓所です。

本能寺の本殿は修理中でした。
あともう少しで天下を取っていたと思うと・・・信長本人もさぞかし残念無念だっただろうと思います。この時の信長の小姓の森蘭丸はまだ18歳だったそうです。

信長の妹、お市の方もその後試練の人生を送ることになります。浅井家の長政と結婚、茶々、初、江の3人の女の子を授かりますが、この3姉妹もまた戦国の世の中の荒波に弄ばれるのでした。

信長公のお墓です。

今回の山陰ツーリングの無事を祈願してきました。

この甲斐有ってかどうか知りませんが、なんとか無事に家に到着しました。

本能寺は1度来たかったので良い機会でした。

東山YHの夕食。
この日はドイツのカップルと歩きで京都見物の方と4人でした。

メニューは日替わりで変わります。昨日は焼き魚でした。
スープも日で変わります。まあ、どちらかというと質素な食事ですが、私にはこれで充分でした。

さて、明日は・・・いよいよ我が家です。10日振りです。
ラストランの明日は・・・・どんな日になる???

今日は雨でしたが、良い1日でした。それではお休みなさい・・・・・

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2009.5.31