糸の道紀行 旧野麦街道を往く

■11月4日 野麦〜野麦峠〜寄合渡〜波田〜松本

■野麦〜野麦峠

朝食です。昨日の疲れも取れて朝から2杯!!

今日は朝早くAM7時半には出発!!

今は廃校の野麦分校跡。懐かしい木造の校舎でした。

野麦集落の朝です。十数人のサイクリストにすれ違いました。
どうやら昨日の泊まりはお助け小屋だったようです。

県道39号線は冬季通行止めの期間があります。個人的には11月上旬がベストだと考えています。

かつて工女たちが歩いた旧野麦街道です。この時期は非常に美しいですね。工女たちは行きも帰りも雪の中でした。

広い林道の途中からこのようなハイキング道に分かれます。ハイキング道の入口。

朝早く時間はあるので雰囲気を愉しみながら押して行きました。→

人は誰もいません。独占状態です。

セルフで撮影してみました。野麦から野麦峠までは標高差約300m程ありますが、結構愉しんで行けました。

なんともいえない美しさです。やはりこの時期が最高だと思いますね。

パスハンの道としては最高の道ですね。

■作男のキタジはバア様にムシロで包まれたバカに重い物を背負って行けと言われた。そjこには見慣れないこぎれいな女が立っていた。ムシロの中はお地蔵様だったからだれか身内がこの峠で死んだのだろうと察した。峠に着いてその女はササの中で泣いていた。そこにはおだんごの包みとお線香が供えてあった。峠でその人はいつまでもそこで泣いていて動こうともしない。(「ああ野麦峠」より)  峠のお地蔵様は何回か移転して現在は峠からちょっと下った場所にあります。

■工女衆がよく落ちた谷はこの辺でございます。みんな帯を解いてつなぎ合わせておろしてやり、それでやっと救いあげた事もございました。峠のお地蔵様が笹原の中に立っているのはこの付近でこの谷はどれだけ多くの工女の命をのんだか知れません。わしらは先の人に離れないようにヒモで体を結び合わせ、峠の地蔵様に念仏をとなえながら一足一足命がけでついていったのでございます。(「ああ野麦峠」より)       峠のお地蔵様から少し行くと最大の難所の権太アラシです。

野麦峠を行き交う際に亡くなった製糸工女の慰霊碑が峠近くに建っています。

何回か訪れている政井みねの碑。ちなみにここからは飛騨は見えません。
少し飛騨側まで下っていくと見えました。

■野麦峠にて

■峠の頂上にある休み茶屋には幕末から明治にかけて一徹な白髪のバア様が一人で暮らしていて峠を行きかう工女たちは「鬼婆さ」とよんでいたが、それでもみんなに親しまれて野麦峠にはなくてはならない大事なバア様になっていた。

またその呼び名もオニババサといったのでは感じが出ない。これはどうしても野麦流に「オニバァーサ」と少しアクセントをつけて発音しないとイメージは浮かんでこない。(「ああ野麦峠」より)


お助け小屋にて。昨日は十数人のサイクリストが泊まっていったようでした。

峠の資料館でなんと!!あの映画「ああ野麦峠」のダイジェスト版(約20分)を見る事が出来ました。いや、これはラッキーでした。右はポスターです。

左から主演大竹しのぶ氏、原作者山本茂実氏、映画監督山本薩夫氏のサイン、「ああ野麦峠」の台本もありました。

■乗鞍の美しさ?それは覚えていません。そんなことよりもワシらはこれで飛騨とも一年お別れだ、トッツァマ、カカマ、達者でな、そういって飛騨と信州の境石にしがみついてみんなおいおい泣いていたのでございます。(「ああ野麦峠」より)  野麦峠頂上にて。

昭和43年に設置された「ああ野麦峠」の碑。

■野麦峠〜寄合渡〜波田〜松本

下りももちろん旧道を行きました。かなり乗って下れます。

セルフによる撮影。

信州側旧道の入口です。過去数回来た事ありますが、旧道は今回初めてです。

旧道から程近い場所にある避難用の石室。

川浦の工女宿の扇屋です。見学して行こうと思ったら・・・
なにやらカメ虫でだめだそうでした。(?)

お馴染みの木曽への分岐です。

東京電力奈川渡ダムです。松本方面へ行きます。

お昼は道の駅「風穴の里」にしました。

蕎麦屋はたくさんあったのですが・・・・ビーフカレーにしました。

新島々にて。駅舎が新しくなっていました。

R158はリンゴ園が多数あり、丁度時期でたわわに実っていました。

松本歴史の里に寄りました。

元は川浦にあった工女宿の宝来屋です。移築してここに保存してあります。

平成7年まで操業していた昭和興業製糸工場の設備。やはりここに移築して保存してあります。

山本茂実氏のコーナーで昭和33年〜43年にかけて足掛け10年に渡る取材で使用したカメラや取材メモ。

元工女の方に取材中の山本茂実氏。このような10年に渡る地味な取材であの名作「ああ野麦峠」が出版されたのでした。

松本駅にはPM3時半について15分後の特急しなのに乗る事が出来ました。充実した旅でした。

■編集後記

どうでしょうね、去年の文学散歩シリーズで4番目にこの「ああ野麦峠」のコースを行こうと考えていて構想から2年目でやっと行く事が出来ました。まあこれは偶然かもしれませんが、TOM2012が高山で行われるという事を知ってそれではという事で実行に移したものです。「ああ野麦峠」はもう本を買ってから約33年が経過していて当時から行きたく思っていました。信州側からは何回か越えています。でも飛騨側からはなく、旧道も行っていません。それだけにこれではならじと飛騨側から、しかも旧道を行くことにしていや、行って良かったです。国道や県道を走る部分もありますが、旧道の部分はおおいに楽しめました。江戸街道の発見も大きかったです。帰ってから調べたらそのまま進んでいても美女峠には行けました。安全パイで引き返してしまいましたが、「山道で迷ったら引き返す」というセオリーを実行しました。これは鉄則で、ここで山歩きの経験が役に立ちました。後は・・・松本〜塩尻峠〜岡谷ですが、近いうちに行こうと考えています。やはり・・・・映画や文学作品の舞台を資料を調べて当時のコースで行くと言うプランは・・・・非常に面白いですね。

2012.11.11