糸の道紀行 旧野麦街道を往く

■高山〜美女峠

■二月の半ばを過ぎると信州のキカヤへ行く娘たちが高山の町に集まって来る。「ええか、しんぼうせにゃだちかんぜ、ためらって行きんさいよ」
「ツォッツァマも病気せんようにな」

高山の町はずれ、江名子の部落を通り過ぎて山口村に入ると二月の雪はめっきり深くなってもう一列でなければ歩けない。

工女節を歌い続けながら美女峠の麓オッカ茶屋のあたりまで来てやっと夜はしらじらと明けた。(「ああ野麦峠」より)

高山駅出発はAM10時半でした。→

高山駅から広小路通りを東に向かって走ります。

坂を上がって江名子方面(南)に曲がります。工事中でしたが、通行出来ました。

江名子にて。江戸街道分岐がありました。ほぼ間違いなく工女たちはこの道から行ったと考えています。

分岐の場所に建っている江戸街道の案内板。これは今回の最大の発見でした。いや〜〜〜〜!!嬉しかったですね。

■11月3日 高山〜美女峠〜中之宿〜阿多野郷〜寺坂峠〜野麦 

←↑旧江戸街道の風情。紅葉がきれいでした。

山口町にて。江戸街道は右へ曲がります。

上の写真の場所は左の赤丸の場所です。ここも行く事が出来ました。

この先は美女峠の登りになります。
「ああ野麦峠」に出てくる麓にあったオッカ茶屋ですが、位置は確認出来ませんでした。

旧道は案内の石柱が建っていました。

TOP写真の場所です。すでに美女峠の登りにかかっています。→

進んでいくと・・・・パスハンの道になり、今日は無理と諦めました。
別の日に行くつもりです。コースは確認済みです。

旧R361号の美女峠。さあ、ここからは下りです。

■美女峠を越えるともう高山の町は見えなくなる。益田川に沿って渓谷を奥へ見座、甲、万石と過ぎて寺付の宿で泊まるか、天気が良ければ中之宿まで行って宿を取ることもあった。(「ああ野麦峠」より)

江戸街道旧美女峠からの道。先ほどのパスハンの道を進むとここに出ます。ここが本来のコースで是非行こうと考えています。→

■美女峠〜中之宿

甲にて。やはり旧道を行きます。この道は江戸街道とか木曽街道の名前がありました。

道の駅「あさひ」でランチとしました。

ご飯物が食べたくて牛丼をオーダーしました。

午前中はあまりはかどらず今PM2で宿まであと38kmあります。しかも全部登り。
この時点でナイトランを覚悟しました。

上ケ見のあたり。R361を坦々と進みます。

最初のダムの朝日ダム。

朝日貯水池を右に見ながら行きます、紅葉がきれいでした。

権現トンネルにて。
野麦峠の乗鞍岳を含む情景が表現してありました。

道の駅飛騨たかね工房にて休憩。

天気の良い日はなんと高山からここ中之宿まで歩いて来て泊まったそうです。
いやはや、凄い健脚で驚きました。(高山から約30km)

■中之宿〜阿多野郷〜寺坂峠〜野麦

高根第2ダムの手前の橋から。紅葉がきれいでした。

高根第2ダムです。山側が美しかったですね。

高根乗鞍湖方面へ行くカーブの所にて。

このトンネルはちょっと暗かったのでLEDランプを点けました。

高根第1ダム。だんだん日は傾いて来ました。

■この辺一体を阿多野郷といい、飛騨では音に聞こえた山奥である。それで子供たちは「阿多野の奥へシシ追いにやるぞ!」と言われるとどんな腕白小僧でもたちどころにおとなしくなって泣き止んだと言うのである。(「ああ野麦峠」より)   その音に聞こえた阿多野郷です。

野麦峠まであと19km宿まではあと14km程度です。

宿まであと10km。時刻はPM16:30。正にこの時期はつるべ落としで日が落ちます。

■この峠を工女たちはビックリ峠と呼んでいた。戸数十数戸の野麦集落が眼の下に見えてくるとはじめて来た新工たちはいよいよ目指す信州へたどりついたものと早合点するが実はこれ寺坂峠で上り下り三里の野麦峠はまだこれからだと聞いてビックリ腰をぬかしたという峠である。(「ああ野麦峠」より)

寺坂峠にて。写真では明るく見えますが、日はとっくに落ちているPM16:45。あともう少しです。

ライトを点けて500m程走ったら宿の「野麦の館」さんでした。今日の泊まりは小生1人。女将さんが宿の電気を点けて待っていてくれました。

野麦の館さんの夕食。豪華でとても食べ切れません。
部屋、風呂も言う事無しで良い宿でした。

■2日目ツーリングの様子は次へをクリックして下さい。

2012.11.10