紫電改展示館訪問記                                             2013.7.4

戦後34年の時を経て昭和54年7月14日、深さ40mの海底から引き上げられてその後メーカーの川西の技術者の手によって復元された松山343空所属紫電21型(紫電改)世界で4機、日本ではここに1機のみ現存する極めて貴重な機体です。

ご存知の様に太平洋戦争の主力戦闘機はといえば・・・・・昭和12年、(皇紀2600年)海軍に正式採用になった零式艦上戦闘機で、通常「零戦」と呼ばれる機体です。96式艦上戦闘機の後継機としてこれまた堀越技師の優れた設計により当時の世界No1の性能を持つ戦闘機として戦時中1万機以上生産されて文字通り主力機として活躍しました。ところが・・・・出力のそれほど大きくない「栄」エンジンにピッタリ合わせて贅肉を極力絞って軽量化された機体であった為に、防弾の装備はまったくつけておらず、乗員の命ははなはだ軽視された機体でした。アメリカや欧州の戦闘機では出力UPされ強化されたエンジンに換装してゆくだけの機体の余裕がありましたが、零戦ではそれもなく・・・・戦争後半では完全に攻守逆転、劣勢に廻ってしまったのはご存知の通りです。所で海軍には優れた水上戦闘機「強風」があり、これを陸上戦闘機にする案があって早速実行されました。「紫電」の機体は高性能を発揮しましたが・・・・中翼機で長い主脚にトラブルが有り、改良して短い主脚で済む低翼機とした「紫電改」が開発されました。エンジンは「誉」2000HP、20mm機銃×4で当時の日本の戦闘機でNo1の性能を誇りました。しかしながら・・・・出現があまりにも遅く、生産は400機に止まりましたが、好敵手、F4Uや F6Fに対等以上の戦闘を行なうことが出来たそうです。そんな紫電改を実際に見たくて今回やっと実家帰省の帰りに寄って見る事が出来ました。

■紫電改展示館訪問:2013.5.4

http://www.asahi-net.or.jp/~un3k-mn/kusyu-3432.htm

■紫電改展示館MAP

■参考文献

■モデルアート第304号増刊 紫電/紫電改

元の水上戦闘機「強風」からどのように開発されたのか詳しい経過が書かれています。紫電改の各部ディティールなどの写真もアメリカへ取材に行って詳しく分かります。模型各社モデルの製作レポートも面白いですね。






■双葉社スーパームック「3D CG」シリーズ
紫電改最後の戦い

例の栃林氏のCGが素晴らしいので思わず購入。昭和20年3月19日の撃墜60機の大戦果を挙げた松山343空の大活躍が素晴らしいCGで再現されています。

■航空機モデルで見る水上戦闘機「強風」 「紫電改」そしてライバルたち

川西は昔から水上機が得意なメーカーで今でも「新明和工業」と名前が変わっていますが、救難大型飛行艇US-2など製造しています。
傑作飛行艇としては九十七式飛行艇、2式飛行艇などがあります。戦闘機ではこの「強風」、この「強風」を陸上戦闘機とした「紫電」があり、この「紫電は中翼機で脚が長かったので1度縮めてから収納すると言う機構でトラブルが非常に多くて低翼機で主脚を短くして20mm機銃もそれまでは主翼下にポットで外に出た状態でしたが主翼内に収めると言う改造を行なって新鋭機「紫電改」が誕生しました。写真は水上戦闘機「強風」一一型でエンジンは爆撃機用の「火星」を載せています。(海軍戦闘機「雷電」と同じエンジン)

■水上戦闘機「強風」一一型  1/72 Hasegawa

■川西海軍局地戦闘機「紫電二一型」 (紫電改)   1/72 ixo diecast model

考えるに海軍戦闘機で最強と言えると思います。2000hp「誉」エンジンで最高スピードは594km/h、20mm機銃×4、航続距離は1715km、当時のアメリカ海軍機のF4UやF6Fに対して互角以上の戦いが出来ました。源田大佐率いる松山343空はこの紫電改を揃えて、パイロットも歴戦のベテランを集めて精鋭部隊「剣」部隊を結成、昭和20年春あたりから連日アメリカ軍機動部隊艦載機を迎撃しました。このモデル機番15は松山343空エースパイロット、菅野直大尉機のものです。惜しくも終戦2週間前(8月1日)の戦闘で帰らぬ人になってしまいました現存機はあと3機アメリカにあります。

■スミソニアン博物館
■ライトパターソン空軍博物館
■国立海軍航空博物館

■ CHANCE VOUGHT F4U CORSAIR       1/72 unimax Diecast model

エンジンはP&W ライトR-2800 2100hpで 最高スピードは実に710km/hで航続距離も2500km、12.7mm機銃×6丁装備、強力な戦闘機でした。日本近海に展開した空母から発進、各地を攻撃していました。特徴的な逆ガル型主翼はこれ一重に主脚を短くするためと、あと直径4mの大直径プロペラを装備しているために地面から離す必要が有った為です。で主翼は曲がっている付近から折り畳みが出来ました。これにより空母の搭載機数は格段に多く出来ました。日本の空母艦載機はこのような折り畳み機構が装備されている機体は少なくてこの点でもアメリカに大分遅れを取っていましたよね。

■GRUMMAN F6F HELLCAT    1/72 Hasegawa 

零戦の好敵手と言われていますが、F6Fの方がエンジンは強力、強力な武器、タフで少々の被弾にも強くて防弾はしっかりしていました。頑丈で落ちにくく、決してスマートとは言えない戦闘機ですが・・・・・この機体も主翼は折り畳みが出来て空母搭載の際は多数載せることが出来ました。エンジンは先のF4Uコルセアと同じエンジンで2000hp、最高スピードは約100kg近い防弾装備で約610km/hとそんなに速くは無かったですが、とにかく落ちにくい、撃墜しにくい頑丈な機体でした。日本のパイロットの命を軽視した設計の機体とは正反対の設計思想が如実に反映された機体で「戦争の道具はかくあるべき」との良いお手本のような気がします。

■紫電改展示館の様子は次へをクリックして下さい。