忠臣蔵早駕籠の走った美濃路を訪ねて

墨俣宿入口にて。美濃路の案内道標がありました。美濃路は真っ直ぐ行きます。

あの暑かった9月の第1回目探訪から早2ケ月、季節は晩秋に変わっていました。ようやく涼しくなり、前回の続きを走ってみようと考えてこの11月7日に行ってきました。全長57km程度で私の旧街道サイクリングペースでは2日の距離ですが、やはりあの第1回目の強烈な残暑が響いて走行距離は伸びず、結局3日間で走るという事になってしまいました。随分ゆっくりしているように見えますが、正確な旧道を探す為に地形図確認、現在位置確認、美濃路関連資料館や城跡見学、本陣脇本陣他史跡探しに写真撮影など結構忙しくそうですね、私の場合で1日30km程度がやっとです。これくらいでしたらなんとか余裕を持って見学して旧街道サイクリングが楽しめるかなあ・・・・と考えています。ですので同行者の方がもし見えたら多分ご迷惑をおかけするかなあ・・・・・と考えて旧街道サイクリングでは1人で行く場合がほとんどですね。

今回の美濃路は例の忠臣蔵早駕籠や朝鮮通信使、ベトナム象(享保13年 1728)等が通った由緒ある歴史の道です。1部は明治の区画整理などで部分的になくなっている道もありますが、また大部分は舗装されて良い道になっているというのをありますが、ほぼ昔の美濃路を行くことが出来ます。往時の面影を残した連子格子の旧家なども所々残っていてポタリングペースでブラッと走るのは非常に愉しいですね。

■走行:2010.11.7
■走ったコース: 清洲宿〜稲葉宿〜萩原宿〜起宿〜墨俣宿

■清洲宿〜稲葉宿

朝早く家を出て清洲駅にはAM8時前に到着。
天気は生憎曇っています。午後からは晴れの予報。

駅から程近い北市場美濃路公園にて。

長光寺にある四ツ池追分の道標。もともとこの道標は美濃路と岐阜道との四ツ池追分に建っていましたが、事故で折れてしまって近くにあるここ長光寺に移築されました。

右 ぎふ道 浅井道

左京都道 大垣道

その四ツ池追分。手前が美濃路で正面左が岐阜道。上の道標は電柱辺りに建っていたと思われます。

四ツ池追分の石碑。ここから岐阜までは6里半(約26km)の道のりでした。

おっ!!目の前になにやら美濃路の案内のようです。

上の案内看板の拡大。稲沢市は旧街道の案内や保存に熱心な市とお見受けしました。素晴らしいと思います。

はだか祭で有名な国府宮一の鳥居。中の本宮も見たかったのですが、時間の関係で割愛しました。

■稲葉宿〜萩原宿

稲葉宿本陣跡です。ちょっと変な場所にあり、探すのに手間取りました。

この大きな石碑は稲葉宿中問屋場跡の碑です。

上の写真の中問屋場跡の石碑の拡大。

つしま道の石碑。「右つしま道三里」

「つしま道石碑」はここにあります。街並みは稲葉宿。

稲葉宿にて。美濃路の案内はいくつか見かけました。いや、大変良い事だと思います。

一宮に入りました。美濃路は真っ直ぐです。

一休みしようと止まったら・・・・高木一里塚でした。

10時の休憩でストップした場所が丁度高木一塚で・・・・・・(笑)この偶然にはちょっと驚きました。今は石碑が残るだけです。

萩原宿に入りました。美濃路と言う案内は一切なかったですね。

萩原宿の様子。なにやら飾りつけがしてありました。

■萩原宿〜起宿〜墨俣宿レポートは次へをクリックして下さい。

2010.11.13