忠臣蔵早駕籠の走った美濃路を訪ねて

庄内川に架かる枇杷島橋のたもとのモニュメント。昔の枇杷島橋はこの位置に架かっていました。

■宮宿〜名古屋宿

スタートは今回七里の渡しにしました。

東海道と美濃路の分岐点に立つ道標。

東: 北 さやつしま・同 みのち海道 道
西: 東 江戸かいとう・北 なごやきそ 道
北: 南 京いせ七里の渡し・是れより北あつた御本社弐丁 道
南: 寛政二庚戌年

左が東海道、右が七里の渡しへ行く道です。美濃路はここから始まります。

この三叉路から美濃路になります。

正面は広重にも描かれた熱田神宮です。手前を左に曲がります。

金山駅前。美濃路と佐屋街道との分岐に立つ道標。

南: 左さや海道・つしま道
西: 右 宮海道 左なごや道

右は道標のすぐ近くホテルグランコート名古屋です。→

R19号から門前町通りに曲がります。この道が美濃路という表示は一切なかったですね。

大須は何回も来ていますが・・・・・このように旧街道が通っているとは・・・・・・有名な○兵買取センターのすぐ横を通りました。(笑)良く行くPC街も程近い場所にあります。→

美濃路は本町通りから伝馬町通りに曲がります。このあたりが名古屋宿の中心地あたり。高札場があって「札の辻」と呼ばれていました。

堀川にかかる伝馬橋を渡ります。

今回の発見、四間道(しけみち)です。このような昔の風情が名古屋の真ん中に残っていて驚きました。

■名古屋宿〜清洲宿

R22を渡り城西町のあたり。美濃路はここで西に向かいます。すぐ先に江川一里塚跡があります。

江川一里塚跡。今はこの看板だけポツンとあります。

美濃路沿いにある白山神社。

美濃路の説明がしてありました。

美濃路で見かけた屋根神様。いくつかあります。

枇杷島橋のたもとにある美濃路の道標。

庄内川を渡ります。

枇杷島橋の対岸のモニュメントと道標。

東 にし八つし満てんのうきよす宿みち
西 飛がし八とうかゐだうなごや道
南 文政十年丁亥七月吉日
北 いわくら道

旧山田九左衛門家住居 枇杷島問屋記念館にて。

往時の山田九左衛門家の様子。

問屋記念館は美濃路旧街道沿いにあります。

往時の面影を残した連子格子の旧宅→

新川橋橋詰ポケットパークにて。

ここにも美濃路の説明がありました。→

清須市須ケ口一里塚跡。

この一里塚、街道からちょっと入った個人の家の庭の中にあります。

街道からちょっと離れていますが、清洲城に寄ってみました。

清洲と言えば織田信長ですよね。駿河の今川義元を破ったのをきっかけに天下取りを目指しますが・・・・光秀による本能寺の変(1582)で意思半ばで亡くなってしまいます。天下統一まであと一息というところまで来ていました。この野望は秀吉によって達成されます。

清洲宿本陣跡にて。

ここ清洲に到着したのはPM2時あたり。凄い残暑で集中力がなくなり本日はここまで。

■清洲宿〜萩原宿は次へをクリックして下さい。

2010.9.25