忠臣蔵早駕籠の走った美濃路を訪ねて

今回の旧街道探訪サイクリングは・・・・・・いろいろな文献を読むと例の忠臣蔵で「わが主君浅野内匠頭殿が江戸城で刃傷に及ばされ候」と言う第1報を浅野家江戸詰家臣、萱野三平、早水藤左衛門の両名が早駕籠にてこの美濃路を走ったとの記述があります。そうでなくても一般的に考えて一刻を争って重大な事柄を書いた書簡を早く安全に赤穂まで運ぶには?という非常に重要な任務を遂行する際に宮宿から時間もかかるし決して安全とは言えない七里の渡しを船で行くか、それとも陸続きで少し遠回りだが安全な美濃路経由で中山道を行くか?との選択を迫られたら、「ここはお家の一大事、より安全確実な美濃路を行き申そう」との結論に至ったのは想像に難なくありません。またそれ以前に船の便が無い夜到着では必然的に美濃路を選択せざるを得ません。昼夜兼行で行かなければならないこの状況ではやはり美濃路を行った可能性は非常に高いと思われます。

その他にも以前に走った事がある「朝鮮人街道」を通った朝鮮通信使も中山道垂井宿からこの美濃路を通り宮宿から東海道を経て江戸へ下りました。あと特筆すべきは8代将軍吉宗の頃(1729)、ベトナム像がやはり中山道垂井宿からこの美濃路を通って東海道を経て無事に江戸城へ到着、8代将軍吉宗に献上されたという実話もあります。
・・・・こういう物語とロマンに溢れた美濃路が今回の復活ランには一番適当ではないかと考え、走って来ました。例によって1回で全部の行程を走破するのは非常に困難です。美濃路は全長約57km、宿場は7つを数え見所も多数あります。ス〜〜〜〜っと通り過ぎるのではなくてやはり丁寧に時間をかけてゆっくり見て回るのが良いと考えています。

■走行:2010.9.5     宮宿〜名古屋宿〜清洲宿
■走行:2010.11.7    清洲宿〜萩原宿  萩原宿〜墨俣宿              
■走行:2010.12.12   墨俣宿〜大垣宿〜垂井宿

※ファイルが出来たらリンクになります。

■美濃路全体図

「美濃路」の案内道標は案外ありません。この道標は街道からちょっと外れた場所で見つけました。

■参考資料

■小生が今回使用したのは・・・・・一宮尾西歴史民族資料館発行ウオーキングガイドです。

http://www.city.ichinomiya.aichi.jp/division/rekimin/hannbaibutu/sannsakuru-tomappu.html

現在のところ1番詳しいガイドだと思います。自転車で走るにはやはり別に2万5千地形図買ってコース見所など書き写したほうが使い勝手は良いと考えています。

■2万5千地形図図幅名: 名古屋南部 名古屋北部 清洲 竹鼻 一宮 大垣 岐阜西部    計7枚

■宮宿〜名古屋宿〜清洲宿レポートは「次へ」をクリックして下さい。

■参考文献

■美濃路NOW

■著者:新川みのじ会
■発行所:ブックショップマイタウン
\1600

この本ですが・・・・・労作だと思います。
新川みのじ会というメンバーの方々が自転車でその土地土地の古老などから昔の美濃路の道筋を聞きだして丹念に調べ上げ、街道沿いの道標、常夜灯、史跡他を写真とともに分かりやすく書いてあります。思うに・・・・美濃路案内書の決定版ではないでしょうか?特筆すべきは付録で2万5千地形図による美濃路MAPがついていて見やすく携帯に便利なサイズです。



■Amazon

2010.9.17