朝鮮人街道を訪ねて     4月16日 野洲〜十王町〜近江八幡〜安土〜能登川

2008.4.24

野洲の中山道、朝鮮人街道の分岐。やっと走る日が来ました。右が中山道、左が朝鮮人街道。

蓮照寺にて。分岐からそう、300m程度離れています。

現在の道案内。これを全行程の分岐につけてくれたら良いのですが・・・・?

今は蓮照寺境内にある道標。「左はちまん道、右中山道 享保四」と彫ってあります。

地元の方と一緒に走りました。(笑)

野洲の郊外。往時の面影が残っています。

日野川の手前にて。もう葉桜になりかけていました。桜の時期はさぞかしきれいでしょうね。

十王町にて。旧街道の雰囲気が残っています。

十王町郊外  「牧村妙見官コレヨリ八丁」

別の場所にて。十王町の方々の熱意を感じました。

能登川入り口あたりです。少し往時の面影が残っていました。

北腰越からJRを越えて行きます。

安土といえば織田信長ですね。駅前に大きな銅像がありました。

安土町内にて、ここにも朝鮮人街道の道標があってちょっとビックリ。

西庄町のあたり。ここで休憩していたら・・・・

市内で見かけた昔の近江八幡市街図。

なんとなく「京都」を連想させますよね。

八幡市内、「京街道」の案内。

朝鮮人街道はここで右に曲がります。

なんと向かいの家の方が「間之村々明細繪図」を見せて頂きました。本当に驚きました。「朝鮮人街道をゆく」の表紙デザインです。

近江八幡郊外、朝鮮人街道と八風街道の分岐。思いもよらない意外な発見でした。この街道も行きたいのですが・・・・???

八幡市内で見かけた最後の道標。

ヴォーリス設計の旧近江八幡郵便局。中も見学可能です。

近江八幡市立図書館前にて。大きな道標が建っておりました。

能登川到着はPM2:30あたり。完走は無理と判断、結局また出直す事にしました。

能登川町に入りました。さて、今日は完走出来るのか?

野洲〜十王町〜近江八幡

さて、資料も集めて2万5千地形図も準備してやっと走る日を迎えました。いつもそうですが、なんだかワクワクします。朝、ちょっと道に迷ってしまいました。まあ、車ですが、ちょっと時間をロス。この旧街道はたかだか41km程度ですので1日で充分可能・・・と読んでいました。が・・・・

スタートの野洲までは順調に来て懸案の道標探しです。以前は分岐の所に建っていた道標が今は別の場所に保管されてあるそうで、その「蓮照寺」を探さなければなりません。すぐ見つかるかなあ・・・と思っていたら、ちょっと離れた場所に有り、ここでも時間をロス。はたして今日中に完走出来るのか?少々不安になって来ましたが、気を取り直して走って行きます。

近江八幡〜安土〜能登川

立派な道標が建っていました。ちょっと驚きました。→

さて、いよいよ近江八幡です。この場所は私にとって
非常に重要な場所になっています。

例のクラシックロードでここに来てこの看板を見て朝鮮人街道をいつかは走りたい・・・・と思いました。

京を出発して守山に泊まった朝鮮通信使一行はここ近江八幡で昼食を摂ったそうです。
近江八幡では「京街道」と呼ばれています。

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いや、見通しがちょっと甘かった?充分1日で完走出来ると踏んでいましたが、結局能登川で時間切れになってしまいました。

やはり最初の道は正確なルートを探すのはなかなか難しいです。

現在位置を調べたり、地形図を確認するのは意外と時間がかかってしまいます。