中央付近の赤い点々が吉良さん赤馬の径です。で赤馬の1〜7が見所で、今回全部廻れました。1度行くことをお勧めします。

吉良さんの赤馬の径。丁寧に地図もあります。

上野介の孫の義周の墓。諏訪に流され21歳の短い生涯でした。子がいなかった為ここに吉良家は断絶してしまいます。

■走行コースマップ

生誕地の中にて。ブロンズの記念碑です。

吉良源徳寺の仁吉の墓

赤馬の径のモニュメントですね。

県道320号の峠を越えて吉良町へ

民族資料館も休みで先を急ぎました。
吉良温泉に程近い場所に人生劇場の碑。

今日は月曜日で記念館の類は全部お休みでした。トホホ・・・・

有名な尾崎士郎生誕地です。代表作は自伝的小説「人生劇場」

←上野介義央の墓。栄華を誇った高家筆頭吉良家でしたが、松の廊下事件以来評判は悪くなり幕府からも見放された格好で屋敷替えを命じられてしまいます。当の上野介義央は討ち入りは半ばありえないと油断していたようで好きだった茶会が命取りになってしまいました。
翌元禄16年春には安全な米沢へ行って悠々自適の生活をするはずでしたが・・・・?
討ち入りが有った晩は近くに吉良家や上杉家ゆかりの親戚が13家もあったそうですが、だれも手助けには来なかったそうです。

岡山陣屋跡。陣屋とは、旗本などが領地を治めるために設けた役所です。岡山陣屋は、旗本・高家吉良家の陣屋でした。

出発は黄金堤。ここにはPがあります。治水の為上野介が造ったとされています。春は桜がきれいで花見の名所です。

仁吉が荒神山へ出かける時についた祝い餅の臼

鈴鹿荒神山の仁吉の碑。文字は浪曲師広沢虎造の手になるものです。

家康がまだ元康と名乗っていた頃、吉良義昭氏の東条城を攻めて
この戦に勝ち、三河を平定しました。

■人生劇場碑〜円融寺〜黄金堤

地元では吉良さんは慕われている様子でした。ということはこのあたりで忠臣蔵を見る人は誰もいないようであの話は本当のようです。

吉良公の乗った赤馬は郷土玩具になっています。

お次は吉良仁吉を訪ねてみることにします。→

←吉良公没後300年慰霊祭のノボリ。凄く慕われているようでした。

吉良公御影堂。県文化財に指定されています。普段は中は見られません。

東条城はなにやら工事中でした。

■源徳寺〜人生劇場碑

←吉良家菩提寺の華蔵寺。

■黄金堤〜源徳寺

一学の菩提寺の円融寺。

清水一学の墓。主君上野介義央を守ろうとして炭小屋に隠れていた所を発見されて討たれてしまいました。一学もまた主君に忠実な義士と言えると思います。吉良家と共にした25年の生涯でした。

程なく清水一学の生誕地です。一学はこの地の出で幼い時から剣術に励んで陣屋で修行していました。15歳の頃上野介に小姓として召抱えられ江戸へ下っています。

奥まった場所に歴代吉良家の墓があります。

花岳寺です。

吉良家と花岳寺は非常に深い関係にあります。
本堂は貞享元年(1684)に、吉良義央から姉光珠院の菩提を弔うために寄付され祠堂金を元に建築されたとされています。


ここにも吉良公の赤馬に乗ったブロンズ像があります。

■血煙り荒神山の決闘

慶応2年(1866)4月8日、伊勢郡鈴鹿の荒神山で博徒の桑名の穴太(あのう)の徳次郎に縄張りを奪われた神戸(かんべ)の長吉が、吉良仁吉や清水の次郎長一家の支援を得て観音寺の裏山で死力を尽くして闘いました。この時に仁吉は神戸の長吉に味方して鉄砲で撃たれて28歳で亡くなりました。

編集後記

今回は忠臣蔵歴史散歩2回目ということで比較的近い吉良町へ行って来ました。映画「忠臣蔵」では悪役で憎まれ役の上野介義央ですが、地元の吉良町では親しみを込めて「吉良さん」と呼ばれて慕われていて人気もありいやはや、驚きました。場所が変わればこうも違うのか・・・・???と感じ入った次第です。今回大体ほぼ見て廻れましたが、一ケ所、例の華蔵寺の吉良公御影堂の木像は残念ながらご開帳の日ではなく見られませんでした。次回の公開日は3月20日春分の日と言う情報をキャッチしています。この日、もう1回行く予定をしています。そうですね、こういう歴史に興味のある方とオフ会考えています。今回行って良かったです。1人マイペースでポクポク走って行くのは非常に楽しいですね。さて次回は・・・???

2009.1.9

忠臣蔵歴史散歩 幡豆郡吉良編

年が明けて第2回目の忠臣蔵歴史散歩は吉良上野介義央の領地吉良町へ行ってきました。以前1回来たことがあって、大体の見所や何がどこに有るというのは分かっていました。1番の見所はやはり吉良家菩提寺の華蔵寺ですよね。ここに吉良上野介義央の墓があります。行ってみて驚いたのが地元では当然というか、名君で人々から慕われているのが良く分かりました。吉良上野介義央は江戸の生まれで記録によると一度しか領地吉良へ帰らなかったそうです。領地見廻りの際は赤馬に乗って廻ったコースが現在「赤馬コース」として整備されていて赤馬は郷土玩具になっています。没後300年慰霊祭では「おらが殿様の吉良さん」として盛大に慰霊祭が取り行われたようです。ここ吉良ではあと吉良仁吉と尾崎士郎が有名でそのゆかりの地も廻ってきました。

■走行:2009.1.5
■コース: 黄金堤〜花岳寺〜華蔵寺〜吉良さん赤馬の径〜源徳寺〜尾崎士郎生誕地〜旧糟谷邸〜民俗資料館〜人生劇場碑〜円融寺〜東条城跡〜黄金堤 
走行・約30km

年に何回か公開される自ら色を塗ったとされる木像。上野介50歳の頃の像とされています。