鹿屋基地の零戦艦上戦闘機五二型です。完璧に復元されていて驚きました。

"ZERO Fighter type 52" in  KANOYA 

3年振りとなる九州宮崎へ帰省に行ってトンボ帰りではあまりにも芸がないので今回はちょっと寄り道をすることにしました。1つがこの鹿児島県鹿屋基地です。ここには吹上浜と錦江湾から引き上げられた2機の零戦からこの零式艦上戦闘機五二型が復元されました。
ご存知の様に日本には10機あまりの零戦が現存しています。約半数の機体を見ることが出来ましたが、名古屋三菱重工の機体とともにここの五二型は非常に良く復元されていて新造機にしか見えませんでした。復元に当たっては製造元の三菱重工の協力があったそうです。ちょっと前に名古屋三菱重工の五二型をUPしてあり、今回も同じ五二型ですが良かったらご覧になって頂きたいと思っております。
零戦は出現当時こそ世界最高性能の戦闘機でしたが、アメリカの新型戦闘機が投入されるにつれて旧式となり、新型機開発に手間取り戦争最後の方はアメリカ軍戦闘機に押しまくられて数多い若い兵士が犠牲となった特攻機となりました。


■見学:2009.5.2
■鹿児島県海上自衛隊鹿屋基地史料館

鹿屋基地史料館の入口です。

零戦はこの建屋の中に展示されています。
一方外には例の世界にただ一機の川西2式飛行艇が雨ざらしになっています。

個人的に私は・・・・世界に20機程度もしくはそれ以上ある零戦五二型よりも世界にただ一機しかない川西2式飛行艇の方がはるかに重要・貴重な機体だと考えています。

あの2式飛行艇の雨ざらし展示については早急な改善が急務ではないでしょうか?

展示全体の様子。機体からエンジンは外してあるようです。写真撮影はこの零戦五二型だけOKでした。

錦江湾と吹上浜からそれぞれ1機ずつ引き上げられてこの2機で1機の零戦五二型が復元されました。

今の展示機の様子からはとても想像出来ないような状態です。

復元に当たってはやはり本家製造元の三菱重工の協力が有ったそうです。

右主脚部分。

本当にエンジンさえ整備して載せたら今にも飛びそうな状態に見えました。タイヤの寸法は600×175mm。

当時のメーカーは横浜ゴム製造(株)だったそうです。
この写真では分かりませんが、主脚カバーには荷重の状態を表示する識別色帯が描いてあります。

コックピット右側付近。

主翼フラップは下げの状態ですね。着陸の際はこのように下げの状態でエンジン出力を絞ってゆっくり降下して行きました。

主翼の赤線は乗ってはいけないフラップ部分。でも一部分に「足踏」と書いた部分があってそこだけOKでした。

栄21型エンジン。

長年海中にあったので腐食は激しかったと思われますが、このように見事に整備してありました。

■空冷星型14気筒
■最大出力:1130HP
■ピストン直径130mm×行程150mm
■総排気量:27900cc


欧米の戦闘機は段階的にエンジン出力がUPして行きモデルチェンジをしてより速くより強力になって行きました。

ひるがえってわが日本の零戦は・・・・機体にあまりにもマッチしていてこれ以上の性能UPが困難だった他高性能高出力のエンジンの開発に手間取ってしまい後手後手になってしまいました。最後の六四型まで性能UPはほとんど見られなかったのは周知の事実です。

カウリング付近。

どこが復元でどこがオリジナルな部分なのか全然分かりません。見事な復元です。

プロペラは住友ハミルトン、ライセンス生産品で直径3050mm。一般的にエンジン出力が上がるとプロペラブレードの数も多くなります。1000〜1500HP級あたりでは3枚、2000HP級では4枚の機体が多いですね。

機体後部。

零戦はご存知の様にメーカーは2社あり、1つは三菱重工、もう1つは中島飛行機(株)でした。

この機体は中島製。1目で分かります。どこが違うのかと言いますと、機体下面の塗り分けラインが違います。戦争中は三菱製と中島製の機体は区別して別々に並べられたそうです。


またこの機体は工場完成状態のようで部隊マークは入っていません。

尾輪と着艦フック。

尾輪にはカバーがあったんですね。
名古屋の三菱復元機にはなかったです。

その前方にあるのが着艦フック。これで空母に着艦します。当時のパイロットで空母に着艦出来る程のパイロットは相当な腕前だったのではないでしょうか?

尾灯。

1/72のスケールモデルでは銀色に塗る部分です。このようになっているんですね。

実機では白色になっているのが分かります。
今回の新しい発見でした。

コックピット正面。

中央上は九八式射爆照準器
主要計器ですが上2つは
左から
■人工水平儀
■旋回計
その下左6つ上の左から
■混合比計
■航空時計
■速度計
下3つ左から
■航路計
■発動機主スイッチ
■高度計
中央
■羅針議
右上3つ左から
■昇降度計
■燃料圧力計
■エンジン回転計
下3つ左から
■吸入圧力計
■油温計
■シリンダー筒温計

操縦席左側の主な操作レバーは・・・・・
■スロットルレバー
■機銃発射レバー
■爆弾投下レバー
・・・・などがあります。

操縦席右側。
■前の黒い箱はクルシー帰投装置操作盤
■後ろの箱は三式空一号無線操作盤

・・・・・実に見事に復元してあります。

コックピット左側付近。

乗れたら乗ってみたいところですが・・・・・
ここは禁止でした。残念!!

上のコックピット内部の写真は腕を伸ばして撮影しました。なかなか普段は見られない貴重な写真だと思います。

尾翼部分。

ラダーはやや右側に切った状態ですね。
本当に良く復元してあってオリジナル部分はちょっと分かりませんでした。

例よって通常ならば入っている部隊マークは入ってなくて工場完成状態で復元してあります。

コックピット前方部分。

見れば見る程に見事な復元状態。
しかしながら・・・・・

ここまで見事に復元したならば・・・・もう1歩進めて飛行可能状態には出来ないものでしょうか???
静止展示ではなくてエンジンも動いて格納庫に展示して年に1回程度展示飛行をしたらどんなに素晴らしいか・・・・???

日本では所詮無理な話なんでしょうかね・・・・?

いわゆる航空法とやらで日本では昔のレシプロ大戦機の飛行は厳しく規制されているようで大変残念に思っています。

左主翼付近。

零戦五二型は主翼スパン11mで21型に較べて1m切り詰めていました。

零戦撃墜王坂井三朗氏によると最も美しく性能もよく、1番バランスが取れていたのは21型だったそうです。

私個人的にも21型が最も美しいと考えています。
今のところ国内には河口湖自動車博物館飛行館に1機あります。来年あたり見に行くつもりです。

■編集後記

前回2式飛行艇についてUPして今回零式艦上戦戦闘機五二型をUPしてようやく鹿屋基地編が終わりました。
帰省は3年振りで大変愉しくまた懐かしかったのですが、どちらかと言うとこの鹿屋や知覧、呉などの見学の方がメインだった???(笑)
いやはや、これらの見学はちと遠いので帰省などの機会にしか見られません。今回はいろいろ事情があって私1人だったのでこのような見学が可能になりました。出来たらこの1回だけではなくて何回も行きたい場所です。完成度の高い零式艦上戦闘機の実機なんて早々は見られないし、見られる機会には無理をしてでも見たいと考えています。次はやはりファイルの中でも書きましたが、河口湖21型と52型あたりを見たいと考えております。今回の鹿屋基地史料館五二型は大変素晴らしい復元で驚きました。名古屋の五二型と全然遜色ない出来栄えだと思いました。関東や関西からはちと遠いのでそう見られないかもしれませんが、見る機会が有ったら是非実機を見て頂きたいなあ・・・と思っております。最後まで見て頂いて有難うございました。

2009.10.8