世界最高性能を誇った 川西2式飛行艇

当時世界一の性能を誇った川西 2式飛行艇です。■全長:28.13m ■全幅:38m ■全高:9.15m ■自重+過加重:約31t ■エンジン:火星22型×4■ 出力:1850HP×4 ■最高速度:466km/h ■後続距離:7152km ■乗員:10名

周りを海で囲まれ、広い海域で戦うことを前提とした日本海軍に取って飛行艇は作戦上欠かすことの出来ない航空機でした。それゆえ太平洋戦争においてこの2式飛行艇は各国のどの国の飛行艇よりも洗練され、飛行性能はもちろん搭載量、武器においても傑出していましたが、アメリカ軍の優秀なレーダー網、強力な航空戦力の前にはあまりにも不利で出撃のたびに未帰還機が多くなってきました。結局主な任務としては偵察や長距離洋上哨戒任務などが主な仕事になりました。この2式飛行艇は全部で各型合計167機ほど製造されました。主力は一二型(112機製造)です。今世界に残っているのはこの一二型1機のみです。

この機体は終戦後アメリカ軍に接収され各テストの後にバージニア州ノーフォーク海軍基地にモスボール状態で約30年保管されていましたが、経費削減のため「適当な引き取り手がない場合はスクラップにする」と言うことで初代船の科学館館長の笹川良一氏が受け入れを表明してアメリカ議会承認後1979年に日本に返還されました。機体はモスボール状態での保存の為非常に良好で機銃やアンテナの一部が欠落している他はほぼオリジナル状態を維持し全体的に良好な状態です。が・・・・・・屋外での展示の為塗装の痛み他劣化は避けられず、是非とも屋内展示を望みたいところです。

■全体写真

前から。

特徴的なのが前部艇体下にある「かつおぶし」と呼ばれる波消しの形状。

川西のスタッフはテストにテストを重ねてようやくこの形状にたどり着きました。

これにより飛沫問題は一気に解消されたということです。

プロペラは住友ハミルトン可変ピッチ4翔直径3,9m

右側面から。外板なんかは痛みもなく、良い状態です。この製造426号機は四国詫間空所属31号機です。

後ろから。私と同じくらいの夫婦が散歩がてら?見学に来ていました。見学は無料です。ラダー(方向舵)は風で動かないように固定されています。

■機首部分

この写真で「かつおぶし」の形状が良く分かるのではないでしょうか?これにより離水や着水などもスムーズに行えるようになったという事です。

本来は前部キャノピーに20mm機銃が装備されています。

機首部分を右から。

主翼の下の白色の箱は地上で移動の際に取り付ける運搬用車輪ユニット。(海上では浮きの役目を果たします)
これ1基だけでも実に800kgあったそうで取り付け取り外しの作業は大変だったそうです。

■主翼部分

エンジン部分。

エンジンは火星22型出力1850HP×4です。
火星エンジンはそう、あの局地戦闘機「雷電」のエンジンですよね。あの雷電は爆撃機用エンジンを載せた為、日本機離れしたあのようなスタイルになったのでした。飛行していたら敵機グラマンと間違われる事も多かったそうです。


写真では分かりづらいですが、エンジン部分にはネットがかけてあって鳥が中に入らないようになっています。

フロート。

当時は敵国語は禁止されていたので「浮船」と言ったそうです。正式には「補助浮船」と言います。

左補助浮船の写真です。浮船下部には1段のステップがついています。

■胴体部分

この写真は向かって右が前方です。

右側地上移動用車輪ユニット。取り外し可能です。
1基で重量800kgあったそうです。白色の箱は海上での浮きです。タイヤは詰まっていてソリッドゴムになっています。

右側日の丸付近。

上と横の風防部分は20mm機銃座です。今は取り外されています。日の丸の直径は大きいですね。そうですね、約1.5m程もありますか?


塗装色やマークなど当然何回か塗り直されています。資料本には生地の状態の写真も載っています。マークの位置、記号、濃緑色など厳密に考証がなされてオリジナルに忠実に再現されています。

ステンシル。

アメリカ機では前部キャノピーの下付近に小さくステンシルしてありますね。日本機では胴体後ろ左側(この機体では左水平尾翼下側)にこのようにステンシルしてあります。

全部で167機程度しか製造していないのに426号機???この辺は・・・・・???ですね。(笑)

同じく左側。

艇体の下側に一定の間隔で白線と数字が書いてありますが、この意味はフレームメンバー(肋骨)の位置を表しています。

■尾翼付近

尾翼ですが、高いですね。1番下から尾翼の上端までは約9m程もあります。

尾部銃座。

今は撤去されていますが、本来は20mm機銃が装備されていました。

ステンシルの位置はこの写真で良く分かります。

同じく左側です。

当日は天気だったり、曇ったりと移り変わりが激しく写真もちょっと露出がバラバラになっています。ご容赦。

本人の写真も1枚載せておきます。

念願の2式飛行艇を訪ねることが出来て大変良かったです。いつかきっとまた再訪したいですね。

今はなき名古屋空港に有った精密モデルによる「日本の名機100選」の中の1/25 2式飛行艇。

今はどうなったのか・・・・???エンジン部も再現されて素晴らしい出来でした。

■参考資料

もうほとんど唯一と言って良い川西2式飛行艇、及び日本海軍飛行艇の歴史が詳しく書かれているモデルアート社の本です。

私は幸い飛行機モデラーなのでこういう特集の本は大抵買って持っています。中身は専門的で非常に良く出来ています。生い立ちや構造、どういう活躍をしたのか、塗装やマーキング(これがモデラーに取って1番重要)など資料として非常に優れた1冊です。


TOP写真はまだ東京お台場船の科学館前に有った頃の2式飛行艇です。私はこのお台場に有った頃と今回の鹿屋と2回見ました。それにしても・・・・・
この大きな機体を海はまあハシケで運ぶとして鹿屋まで陸上はどうやって運んだのか・・・・・???不思議です。やはり分解して運んだのでしょうか?

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2009.9.18