伊勢参宮街道を往く

一生に一度のお伊勢参り・・・・・
その昔、江戸時代、一般庶民にとってお伊勢参りとは、夢のそのまた夢であり、一生に一度参拝したいと誰もが願っていました。
運良く参拝に行ける人達は幸運な人達であり、ほとんどの
人達は一度も憧れの伊勢の地を訪れることもなく一生を過ごしていました。

そんな参宮の為の街道が伊勢参宮街道です。これは大坂、
奈良からは伊勢参宮本街道であり、東海道の江戸・宮方面からは東海道日永の追分から伊勢参宮街道が分岐しています。距離およそ約70km。昔の人はこれは2日で歩きました。今回我々が走ったのは桑名宿〜内宮の約90kmです。

伊勢参宮街道市場庄 新 善夫氏筆(転載承認済)

21世紀の今日にあっても当時の雰囲気や町並みなどまだまだ色濃く残っているのがこの伊勢参宮街道と言えると思います。2005年の最初のツーリングに選んでみましたが、さて、どんなストーリーや見所があったのかレポートをお楽しみ下さい。


集合の桑名駅前にて。今日はよろしくお願いします。
宮から七里の渡しで約4時間かかったそうです
七里の渡しの案内看板
桑名市内の旧東海道。忠実にトレース出来ます。
大塚本陣跡の今は料理旅館の船津屋さん。
近くに七里の渡しの大きな道標が。
広重の浮世絵模写看板。もちろん「桑名」です。
なにやら怪しげな雰囲気のお店発見。
何回かTVに出ているそうです。後取材に来ていないのはNHKだけとか。それにしても・・・???
デビューの頃のピンクレディーに山口百恵、キョンキョンこと小泉今日子。いや、懐かしいですねぇ〜〜!!(笑)
桑名は鋳物で有名な街です。
矢田の立場跡(火の見櫓)
もう桑名のはずれ、町屋橋にて
桑名宿〜四日市宿間は案内看板があってかなり整備されて来ています
この案内看板何箇所かありました。
そして・・・四日市宿の名物老舗はやはりここ・・ですね。
もともと日永で営業していたそうです。その名もなが餅。
笹井屋さんでお餅を買うとついてくるのし紙?
デザインはご存知 広重画「四日市」です。
四日市で昼食を頂きました。旧街道はアーケードの中を通っています。
日永はうちわが名産です。これはなんと伊勢型紙のうちわです。
有名な日永の追分。ここで東海道と参宮街道に分かれました。伊勢神宮二の鳥居が見えています。
ここには美味しい水が湧き出ています。後から後から大きなポリタンクを持った人達が・・・・
神戸宿入り口の見付。夜は木戸を閉めていました。
神戸宿白子地区にある立派な道標。
この一番立派な道標にて記念撮影。
江戸へ出立する人達をここまで見送ったから・・・といわれがある江戸橋にて。もう津宿です。
ここで伊勢別街道と合流しました。江戸橋のちょっと先のところです。

そして津駅に着き、NBsanはここでお別れです。何故か画像が残っていません。(大変申し訳ありません。)
今日はいろいろ有難うございました。
また後半の津宿〜内宮近々走りましょう!

民宿「阿漕荘」さんにて。
阿漕荘さんの夕食です。いや、なかなか美味しそうです。

阿漕荘さんに着いたのは・・・もう5時前でした。なにしろ非常にリーズナブルな宿ですのでちょっと食事など心配でしたが・・・
1日の疲れもお風呂に入ってサッパリ洗い流します。この宿どうやら仕事の方たちが利用しているみたいでした。
で心配だった夕食はなかなかどうしてどうして・・・・美味しくなかなかの・・・宿でした。ご主人もいろいろ話かけてくれてとても気さくな方で安心しました。

この夜は・・・・野山人さんと2人でサイクリングの事、これからのツーリングの計画、次回はどこそこへ・・・と言う話をして、
健全に10時頃には寝てしまいました。それでは明日への英気を養って、おやすみなさ〜〜〜い!!


資料

旧街道サイクリングでは事前の資料集めが大変重要になります。これで楽しいか楽しくないか、また旧道を忠実にトレース出来るかどうか決まってしまいます。参考までに私が今回使った資料をちょっと紹介します。

東海道五十三次は・・・・・
講談社発行:東海道ネットワークの会発行
「完全東海道五十三次ガイド」です。

文庫本サイズで携帯に便利です。
\980

伊勢街道は・・・・
建設省中部地方建設局三重工事事務所発行

「伊勢街道」です。

これは無料でもらえます。
追分〜内宮まで「何が」「何処に有る」というのを
非常に詳しく書いています。

2日目は・・・・・次へをクリックして下さい。

2005.1.25