■走行マップ

■大阪上本町〜玉造神社〜枚岡(暗峠登り口)

大阪上本町まで輪行してマシンを組み立てます。

上本町から玉造稲荷神社までは近いです。以前一度行っていてスンナリ行けました。

ここがスタート地点。写真を1枚撮って・・・・さあ出発!!
ここで奈良のYHに宿泊の予約入れました。

大阪環状線玉造駅の程近い場所です。早速暗越奈良街道の案内道標が。

伊勢参宮本街道紀行

■2014.1.4  その1 暗越奈良街道       大阪玉造神社〜暗峠〜奈良 走行:約33km

何の変哲も無い商店街が暗越奈良街道です。例によって案内は一切無し。

広い通りに出たら石碑がポツンと・・・・・→

玉津橋の近くにて。この書体は新しいものですが・・・・・・・ちょっと嬉しくなってしまいました。

今里にて。7-11の横に立派な「暗越奈良街道」の案内看板が。これには驚きました。↑→

今里の暗越奈良街道。R308の1本裏手の道ですがなんとなく往時の面影が残っています。

御厨のあたりにて。ここにも石碑がありました。

寝屋川に架かる橋にて。ここは左に行きます。

箱殿町の交差点から暗峠の登りになります。

いやはや、凄い登り。先が思いやられる・・・・・

■枚岡〜暗峠

枚岡公園でランチ。ごらんの様にちょっとパラパラ来ました。がすぐ止みました。

この凄い斜度がお分かりでしょうか?最初から押して行きました。

この道、R308なんです。うそみたいな話ですが・・・・・???

写真では平らなように見えますが、凄く上がっています。

大社 三滝の御行場にて。石の色がなかなか味わい深い色に変わっていました。

この辺から胸突き八丁の登りにさしかかります。→

一番急と思われる箇所。車も来ますが、全部が全部ローギアでスリップしながら上がって行きます。スリップの跡が生々しく残っています。

暗峠にて。石畳で昔の面影が残っています。

■暗峠〜榁木峠〜奈良県青少年会館YH(泊)

奈良側の下りも凄く急で乗って下れませんでした。MAFACではチト荷が重いようです。右は生駒市方面の眺め。

峠からすぐの場所です。いや、本当に凄く急な下りで乗って下れず、参りました。登り同様テクテク押して下ります。

藤尾町のあたり。昔ながらのたたずまいの家がありました。

榁木峠への登り。こちら側も凄い登りです。トホホ・・・・・

榁木峠です。矢田丘陵は昔、走りに来た事があります。

榁木峠を下ったあたり。いかにも旧街道の風情が素晴らしいです。

伊勢本街道保存会のお手製の札。街道所々で見かけました。

追分本陣で驚くべきことに今なお茅葺の屋根でした。

榁木峠の登りの途中から見た暗峠。標高は450m程度で大した事ないのですが・・・・・・昔から名にしおう有名な峠でこれで2回越えました。

蔵が多数建っていて往時の面影が残っていました。

もう奈良市内です。垂仁天皇陵横を走って行きます。

もう暗かったので翌朝の写真です。JR奈良駅にて。

YHも到着は暗かったので翌朝の写真。奈良県青少年会館YHです。
素泊まりで食事は適当に済ませました。

・・・・・という訳で伊勢参宮本街道走行初日は過ぎていったのであります。泊まったYHはきれいで当日はドミトリー部屋5人でベトナムからの人もいました。今はちょっとYHは斜陽でだんだん少なくなって来ているし、泊り客も少ないですね。今はビジホに値段的に対抗出来ないのでもっと他の方法手段で以前のような愉しいホステリングが出来たら・・・・・と思っています。どうでしょうね、昔ながらの形態のYHは小生の知る限りでは北海道礼文島桃岩荘YHくらいな物ではないでしょうか?あそこへ行くとそう、YH全盛期とはどのようなものであったか?を少し知ることが出来ると思います。(笑)食事は適当に済ませて・・・・・・久々の2段ベッドでさあ疲れたのでゆっくり寝ようかと思ったら・・・・隣のベッドからイビキ攻撃が・・・・・・あっちゃー・・・・・・ウ〜〜〜〜ン、疲れているのに寝られない・・・・・・トホホ・・・・・・それでもウトウトしていたらいつの間にか寝入ってしまったようでした。それではおやすみなさい・・・・・・

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2014.1.16