イチロー展示ルーム見学記

前々から行って見たいと考えていた地元名古屋、いや今や世界屈指のヒッター、イチロー展示ルームに行って来ました。写真は正面左(4階建てビル)が展示ルームで右側がイチローの実家です。

今や野球界でその名を知らないものはいない、正に超がつくスーパースターのイチローですが、比較的近いのにイチロー展示ルームに行く機会がなかなかなくてこれではならじと名古屋へ行く用事があったので意を決して行って来ました。野球はもともとあまり興味はなくて名古屋ドームも例の伊能忠敬の地図の展示会をするというので行った位です。試合を見に行った事は・・・・残念ながらないです。東京ドームの方はかれこれ2回ほど見に行きました。・・・という具合で野球に関しては素人もいい所なんですが、イチローのことは名電高時代から知っていました。元々ピッチャーで自動車事故から野手に転向してオリックスに4位指名で'92年プロ入り。2000年までは国内パリーグでプレーして2001年からは大リーグシアトル・マリナーズに入団して今日に至っています。で御存知にのように200本安打10年連続達成、夏のオールスターも毎年高い得票で選ばれてWBCでは優勝メンバーの1人で大事な場面で安打を放っています。驚くべきはその打率でパリーグ7回首位打者のタイトルを獲得、アメリカンリーグの首位打者タイトルも2回獲得しています。プロ打率は(2010年まで)は日米通算.3387で特に2004年シーズンに達成した262本ヒット、.3722は驚異的な記録として長く人々の記憶に残るものとなりました。このような偉大な選手の展示館が意外と近くにあってまだ見に行っていないというのは・・・・という想いで見に行ってきたという訳です。

イチロー展示ルーム I.fain

空港バッティング

■イチロー展示ルーム I.fain 地図   見学:2011.12

■イチロー展示ルーム I .fain

←↑イチロー展示ルーム外観はこんな感じです。4階建てのビルになっていて展示ルームは2F〜3Fで1Fは事務所ですね。道を挟んですぐ向かいにPがあります。そうですね、車は10台以上は置けると思います。

展示ルームは撮影禁止になっています。まだ入る前のエレベーター付近はOKという事でした。

受付。当日は行った時は小生1人だけでした。

チケット。中は撮影禁止なのが非常に残念!!いや、凄いです。

まだ入る前、1F階段の前です。WBCの優勝の時のもの。日本は世界一に2回なっていてイチローの存在は大きかったと思います。

入り口のベンチの背もたれはバットです。

お馴染みの打席におけるイチローの構えですね。

■イチローがほぼ毎日通った空港バッティングセンター

R41号沿いに空港バッティングがあります。雨の日も風の日もほぼ毎日通ったそうです。写真は空港バッティング入口付近です。家からは1.5kmほどでしょうか?

イチローは指定打席No8で打っていたそうです。
通常のマシンのスピードでは遅いので「もっと速くボールが出るように」と依頼していたそうです。バッティングセンターにはイチローのパネルが飾ってありました。

■2F3Fの展示は撮影禁止でしたので悪しからず。

空港バッティングを北側から望む。向こう側に名古屋高速高架が見えています。程近い場所に県営名古屋空港があります。

■編集後記

この中部地方は日本の航空宇宙関係の1大拠点で太平洋戦争中は三菱で零式艦上戦闘機を作っていて岐阜の川崎重工では陸軍三式戦闘機「飛燕」を生産していました。イチローは名古屋空港に程近い豊山町で実業家であり、野球指導者でもある父の指導の下、野球へ情熱を傾けるようになります。ピッチャーを目指していましたが、名電校時代に交通事故に遭って野手に転向、展示ルームには名電高時代のピッチャーの写真が飾ってあります。1991年ドラフトではオリックスに4位指名されて翌年入団、最初の2年間は目が出ませんでしたが、3年目からは才能が開花して押しも押されぬ3割バッターになります。パリーグで7年連続で首位打者タイトルを獲得、2001年にはマリナーズに移りますが本場大リーグでも大活躍、さらにはWBCでも主力メンバーとして大活躍して日本の2回優勝に多大なる貢献をしているのはご存知の通りです。やはり凄いと思うのは年200本安打を10年間続けたことでこの記録はちょっとやそっとでは破れない凄い記録だと思います。大リーグ1の年262本ヒット(2004)もこの記録は向こう何十年も破れない大記録だと考えています。

2011.11.22