私のクラシックロードレーサー製作記 その1

■ロードレーサーの簡単な歴史年表

1961年ツール優勝J・アンクティルの車「HELYETT」
「スポーツ車と部品の変遷 」より 発売元:株式会社エヌシー企画

2003年はツール・ド・フランス100周年記念の年であり、ツール・ド・フランスの歴史=ロードレーサーの歴史でもあります。常日頃からこの100年間のロード・レーサーの進化・変遷をその変遷のポイント毎に纏めた本なり、HPなり有ればなあ〜〜〜と考えていましたが、どうやらそういう物は探したが見付からず、半ば諦めていました。ところが、ツール・ド・フランスの歴史なるHP(Torelli's History of the Tour de France)※があり、そこを見るとツールの歴史が主体ですが・・・・昔のクラシックなロードレーサーの写真や有名選手などの姿をかいま見る事が出来ます。(英文)特に第1回ツールの歴史的な写真、優勝者モーリス・ガランや使用自転車の写真は貴重。
※ http://www.bikeraceinfo.com/tdf/tdfhistory.html

簡単に述べると・・・・(著作権の関係で画像UP出来ないのが残念です。)
■1903〜 
 第1回優勝者:モーリス・ガラン。 この頃はまだ固定ギヤの時代。ピッチ1インチのブロックギヤ、チェン、28'×1・1/2のタイヤ、(700Cスタンダードサイズ)等、 全てスティール製であり、写真を見る限り20kg程度は有りそう。
参考書:竢o版「ビンテージロードバイク」に当時のロードレーサーが載っています。一台ですが、当時のレーサーが日本に最近輸入されました。(個人所有になっています)

■1910〜20年代 
ダブルコグのハブが装備され、左右違う歯数のギヤを装備、登りに差し掛かると大きい方のギヤを掛ける。そう、選手は登り、下りのたびに自転車から降りて車輪をひっくり返してまた取り付けなければならなかったのである。多くは登り用は固定ギヤ、、下り用はフリーギヤだった。ディレーラーの使用は「フェアでない」との理由からツールでは禁止されていた。若かりし頃レースに出ていたトォーリョ・カンパニョロ(カンパニョロ社創業者)が雪のドロミテの峠道でウィングナットのホイールを寒さで手がかじかみ外せず、世界初クイック・レリーズのハブを考案、製造販売を始めたのは有名な話。

■1930年代
 ベルギーの名選手、S・Measの名前が由来のドロップハンドル、マースバーが使用され始める。'37年、ディレーラー解禁。初の自転車用チェンジがレ−スで用いられる。ビットリア社マルゲリータのチェンジはワイヤーで羽を操作、3枚のフリーホイールで変速可能にした。つまり、変速の際はペダルを逆転させなければならなかった。大きなチェンテンショナーを装備していた。ツーリングで良く用いられるヘリコイドのシクロや、Simplex社のスライドシャフト式などが用いられた。リムは軽合金がなかったので木製が多く使用されていた。

  
                                                      

■1940年代
 第2次世界大戦で中止されていたツールは'47年復活。この頃になると・・・そう、例のあの有名なカンパニョロ社の有名なチェンジ、「Cambio - Corsa」やSimplex社、Huret社から「Tour de France」の名前を冠したタケノコ式のチェンジが登場、Fはまだロッド式、スライド式が主流だった。飛行機の発達により、デュラルミンを使用した部品が開発される。有名な世界初Stronglight社のコッターレスクランク♯49はこの頃開発された。

■1950年代
 画期的パラレログラム式チェンジ、カンパニョロ社「Gran-Sport」が登場、'51年、スイスのユーゴ・コブレがこのチェンジでツール初優勝、しかし、Fチェンジはまだスライド式だった。この頃はパンタ式、タケノコ式がまだ入り乱れていた。Huret社はルイゾン・ボべと組み、Simplex社はジャック・アンクティルと組んでカンパニョロに対抗した。イタリア・UNICA社が軽量・プラスティックサドル♯55を開発、'59年のツールで使用されたが結果は惨憺たるものだった。

  

■1960年代
 Simplex社がタケノコ式最優秀の「Record60」を発表、しかし翌年パンタ式「Export61」を発表し、ここにタケノコ式チェンジは終焉、以後パンタ式に移って行く。ユーレーもパンタ式「Allvit」を発表、カンパニョロ社はキャパシティを増やした「Record」、続いて軽合金製「Nuovo Record」を発表した。
'68年、カンパニョロ社が画期的サイドプル・ブレーキ「Record」を発表。このブレーキを使用して'69年ベルギーのE・メルクスがツール初勝利する。この頃カンパニョロ社はこれで主要コンポーネントパーツをほぼ全部開発、供給していた。イタリア・UNICA社が軽量・スポンジ入り革張りサドル♯2を発表、それまで使われていた本皮サドルはレースから姿を消していった。

■1970年代
 '73年、カンパニョロ社がチタン部品を使用した「Super Record」を発表、この頃、日本ではシマノ社が「Dura Ace」シリーズを完成、欧州のチームに部品を供給し始めていた・・・・以後シマノ対カンパの熾烈な競争が行われていった。

■1980年代
'84年、スキーのビンディング製造メーカー、LOOK社がビンディング式ペダル、「PP65」を発表、翌年
ベルナール・イノーがこれを使用し優勝、以後Time、シマノ、カンパニョロ社等が追従、トークリップ、ストラップがレースから姿を消した。
'89年、シマノは画期的デュアルコントロールシステム「STI」を開発、ヨーロッパのチームに供給し始める。
ロードレーサーからWレバーが姿を消した。

■1990年代
シマノ「STI」に対抗してカンパは「エルゴパワー」を開発、レースの本場のトップメーカー、カンパニョロ社がレース後進国日本のメーカー、シマノ社の後塵を拝した歴史的出来事となった。
またタイヤはこれまでのチューブラーからクリンチャータイヤの使用率がプロの間でも増えて行った。
フレームの素材もカーボン、アルミなどがスティールに変わり主流になって行った。

■2000年代〜現代
カーボン使用のフレーム、パーツ全盛時代。完成車でも約7kg〜と超!!軽量になり、完組ホイールやスプロケットも10Sが標準となった。異常に小さいサイズ、剛性を得る為の極太チューブ、水平でないTOPチューブ、いやはや、あと10年後はどうなっているのやら・・・・・?

・・・・・・と言う所がごくごく簡単な歴史年表です。熱心な方ならばすでにご存知の事ばかりですね。
今のマシンは20スピード、カーボン製フレーム、パーツ、完組ホイール、クリンチャータイヤ、STIシステム、ビンディングペダル等で重量7kg程であり、驚く程の進化であると思います。

しかしながら・・・・最新がベストかというと、少なくとも私の場合はそうではありません。昔の「研ぎ澄まされた美しさ」が今のマシンにはありません。カメラで言うならば・・・・昔の美しかった金属ボディからオートフォーカスの樹脂製ボディに変わった時・・・・と同じ感じだと思います。私も1台、オートフォーカスのカメラ1台手に入れましたが、「すぐ」手放してしまいました。なぜかって・・・・?
「全然愛着が湧かなかった」・・・・からです。「所有する喜び」や「愛着」などは昔の手間暇かけて丁寧に作られたものほど大きい・・・・・と考えています。機能や性能だけが全てではない・・・・・と思います。
自転車は美しくなければならない・・・・とも思っています。

今回クラシックロードレーサーをオーダーする事にしたのですが、やはり自分が一番、愛着を持てて、
所有する喜びを与えてくれる年代の物をオーダーすることにしました。それは・・・・・やはり・・・・
自分の青春時代であり、パーツがまだ手間暇かけて丁寧に作られていた'60年代あたりになると思います。(表題の車です)私はまだ小学生あたりでしたね。東京オリンピックをテレビで見ていたのですが、ロードレースはついぞ見られませんでした。

ロードレーサーほどいろんな時代の車をオ−ダー出来る車もない、と思います。そう、'40年代から現代まで、その気になってパーツを探したらちょっと難しいですが、可能であると思います。昔のウールシャツも売っているお店がまだあります。そうですね、たとえば・・・・'52年ツール優勝のF・コッピのビアンキを当時のパーツに出来るだけ忠実に集めてオーダー、甦らせて当時の襟、前ポケット付きビアンキウールシャツ、パンツ、帽子など揃えて走ったら・・・・(もちろん、スペアタイヤはタスキ掛け※)さぞかし相当面白いかなとバカな事を考えています。(笑) 昔憧れたL・ボべ、J・アンクティル、R・プリドール、E・メルクス、F・ジモンディなど当時のスーパースターの車、シャツなど資料を探し研究して・・・・考えるだけでも非常に楽しいですね。私は'61年のJ・アンクティルに憧れています。(笑)

※昔のロードレースに於けるスペアタイヤのタスキ掛けは'60年代あたりまで見られました。

参考書:竢o版「ビンテージロードバイク」 「カンパニョロがまるごとわかる本」
     NC企画「スポーツ車と部品の変遷」ダニエル・ルブールの世界
          「ディレーラーコレクション'81」他

年代ですが、厳密な調査によるものではありません。中にはこれ・・・違うのでは?という事項も有るかと思います。気が付きましたら・・掲示板なりメールなりで教えて頂けたら、と思っております。

■こぼれ話・・・・・・とても驚いたこと
私の理想の車は上記の'61年「HELYETT」ですが、第5回TOM2002浜名湖大会でとても驚いた話があります。三三五五集まってきた参加者の車の中に・・・・・なんと!!私の理想そのままの車が・・・・有りました。

   

東京から参加のU野氏のTOEIロンシャン。(現在はまるむ様所有)なんと!!理想そのままでした。Stronglight57、JuyRecord543,Juy53,・・・・・しばし見とれてしまってウ〜ンと絶句。

今ではこういう車は・・・・オーダーはほとんど不可能に近い?と思います。(部品が集まらない)
この車ですが、本来はガード付きです。輪行なので省略されたみたいでした。
Special thanks:U野さん

次回は・・・・歴史的な'38年ロードレーサー「FOLLIS」の細部を紹介します。
                                             ・・・・・・・・つづく

まだ詳細は言えませんが、(笑)次の車を漠然と考えています。車種は決まっていて、'60年代のクラシックロードレーサーです。理想は上の「HELYETT」ですが、部品は絶望的だし、良く似た近い感じで行こうと思っております。でどういうプロセスで、どういう考えで、オーダーをするのか?(私の場合)という事を構想〜部品集め〜部品工房持込〜完成〜試乗〜写真紹介まで全部すべて公開しよう、というのが今回の狙いです。オーダーに興味はあるが、具体的なやり方が・・・・という方参考にして下さい。構想(車のイメージ)の練り方、部品を集める方法、、工房の選び方、工房でのやりとりなどその時どきに応じてUPしたいと考えています。興味の有る方はどうぞご覧下さい。まず最初は・・・・ロードレーサーの簡単な歴史から。

左の写真は'38年、ツールでディレイラーが解禁になった翌年の最初にツールで使われたSimplex社の歴史的な3速スライドシャフトチャンジです。
フリー,チェーンは1/8サイズ、シングルプーリーです。
クイックではなく、ウィングナットでホイールを固定しています。当時はフロントはシングルギヤの3スピードでした。
写真は'50年発表、世界初CAMPAGNOLO社が開発した画期的パラレロ・グラム式チェンジGRANSPORT最終型。

保守的なレースの世界でなかなか認められず、結局'60年のローマオリンピックでやっと認められ、その後レースで使用され始めました。

2005.5.20