廃止から50年 省営バス紀南線営業路線を訪ねて

熊野側から上ってようやく矢ノ川峠です。当時の紀南線バスは紀伊木本から1時間40分かかって到着しました。

■尾鷲(輪行)〜紀伊木本〜矢ノ川峠旧道入口

このプランですが、50年前に全通した紀勢線に乗るというのも大きな目的の1つです。熊野〜尾鷲の間の海岸線はリアス式でけわしく鉄道や道路の建設を非常に困難なものにしていました。

車は市役所に置いていよいよ紀南線営業路線トレースへ出発!!
ここでなんとやのこ小僧さんにバッタリお会いしてしまいました。

矢ノ川峠頂上の看板でお馴染みの「丸福食堂」さんはくすりやさんの場所にあったそうです。「尾鷲駅から10歩」がキャッチフレーズでした。

キハ11系が入線して来ました。

途中の車窓風景。この区間はトンネルが非常に多いです。→

紀勢線が全通する1959 7.15以前は「紀伊木本駅」でした。全通後「熊野市駅」に改称されました。この駅から紀南線バスが出発して行きました。1日4便で運転手は1往復でその日の仕事は上がったそうです。

バスは熊野市内を走って木本高校横の道を上って行きます。この道は評議峠へと続いています。最初からきつい上りで参りました。

今は舗装ですが、当時はもちろん地道で狭かったそうです。

かつて紀南線バスが走った道は今は林道評議峠線になっていました。

どうしてもバックして切り返さないと曲がれない急カーブが有ったそうです。通称「バック坂」と呼ばれていて運転手泣かせでした。

評議峠。標識も何もありませんでした。当時ここには茶屋があったそうです。ここまでが・・・・きつかったです。

評議峠を越えたら次は小坂峠が控えています。
写真は小坂峠の手前辺りです。

やはり小坂峠手前辺り。このあたりの道は今ではサイクリングに良いルートになっています。小坂峠は気が着かないうちに通過してしまいました。

昔、紀南線バスが走っていた相ケ谷。

バス停はどのあたりにあったのかなあ・・・・???とキョロキョロと探しながら走りました。

この相ケ谷で休息しました。

相ケ谷の次のバス停留所紀伊小坂は紀南線駅で唯一の業務委託駅だったそうです。

←そうこうしている内に道の駅「熊野きのくに」が見えてきました。
ここでお昼としました。

お弁当持っていたので・・・ラーメンだけにしました。朝が早かったので・・・・・・ちょっと昼寝をしてしまいました。

尾鷲まであと18kmなんですが・・・・・これからがタイヘンなんです。

矢ノ川峠の看板。今の矢ノ川峠はかつての矢ノ川峠よりも400m以上も低い場所を走っています。

左はかつての紀南線バスが走った旧道です。さあ、いよいよ今では歩きと自転車でしか通れない矢ノ川峠旧道を行きます。


■紀勢線全通50周年イベント

紀勢線は1959.7.15三木里〜新鹿間が開通してようやく亀山〜白浜間が全通しました。去年、7月15日は全通50周年を記念して亀山〜白浜間を当時の時間で記念列車が走りました。そのイベントに出席してその時のレポートです。

2009.7.15の亀山駅。なんと受付があって驚きました。

早朝だというのに、熱心なファンが集まっていました。

しかしながら・・・・この50周年記念号切符の入手は非常に困難で1回目の時なんか数秒で売切れ・・・・でした。

50周年記念列車のキハ85系。乗りたかったなあ・・・・

車体の50周年記念マーク。

イベント出席者の中の女性は2007年ミス日本グランプリ萩美香さん。なんと津出身の方だそうです。イベントは滞りなく行われました。

1959年当時の出来事。

駅構内の50周年記念の旗。

■矢ノ川峠入口〜矢ノ川峠〜尾鷲は次へをクリックして下さい。

2010.6.2