矢ノ川隧道の銘板。揮毫は当時の三重県知事 富田愛次郎氏の手になるものです。

■旧道入口〜矢ノ川峠〜尾鷲

今回のツーリングのハイライトはやはりこの旧道矢ノ川峠越えだと思います。

廃止から50年、年々道は荒れていっています。今はまだ歩きと自転車はなんとか通れますが、そのうち歩きでも通行不可能という事になるかも知れません。

走ってみてこの急峻な道をあの省営バスが23年間無事故で走ったというのは・・・驚嘆に値すると思います。

そこには運転手の技術もあると思いますが、道路補修の方々の地味な裏方的な努力もありました。50周年記念誌「想い出の矢ノ川峠」にはそういう方々の仕事も載っています。

でもう1つ忘れてならないのが峠の茶屋の稲田のぶへさんの事だと思います。
昭和23年から母親から引き継いだ茶屋を11年間守り通しました。

雨の日も風の日も・・・・やがて峠の茶屋に住込みで働くようになります。商品の仕入れは娘の宏子さんの仕事になりました。そして・・・'59年7月14日紀南線は廃止になります。

この時新聞の取材で記者が多数押しかけポーズを取らされますが、稲田さんは後で述懐しています。「私の気持ちも知らないで・・・・」

紀南線廃止後は尾鷲火力発電所建設の方々相手に「矢ノ川食堂」を始めます。その後は名古屋の長男の家で余生を過ごして'80.1129日75歳でお亡くなりになりました。峠の墓碑は稲田さんの遺言によるものです。峠での11年間は稲田さんの人生そのものだったのではないでしょうか?

廃止から50年 省営バス紀南線営業路線を訪ねて

旧道入り口で記念撮影。熊野側からは2回目です。

当初はまだ充分乗って行けます。→

小生の後ろ姿。セルフで撮影してみました。

←熊野側もしばらくは乗って行けます。まだまだ走れます。

が、しかし・・・・大きく崩れている箇所に出くわして・・・・・
押しの1手になってしまいました。

大きな岩が・・・・・落石はもう凄く多かったですね。向こうに右カーブの道路標識が見えています。

ほぼ同じ辺り。

'71年3月、小生18歳の時の紀伊半島一周サイクリングの時の写真。下のトンネルは3年前に開通したばかりでした。

国鉄バスが廃止されて12年、惜しかったです。あと12年早かったら・・・・走っている国鉄バスも見られたし、稲田のぶへさんにもお会い出来たのに・・・・この時道はまだしっかりしていました。

今回、倒木が非常に多かったです。

かつて省営バスが走ったとは思えないような状態。

橋が落ちている場所。落ちた橋は下にそのまま残っています。ここから峠は近いです。

かつての道路標識。

右はキロポストです。尾鷲から18kmを表示しています。→

やっと矢ノ川峠です。時刻は・・・・PM3時。あまりゆっくりしていられません。

稲田のぶへさんの慰霊碑。この慰霊碑は'81年3月に設置されました。「冬の日のぬくもりやさし茶屋のあと」の揮毫は次女の夫、尾崎駿雄氏の手になるものです。

'71年3月の時の矢ノ川峠頂上。まだ稲田さんの慰霊碑はありません。木の白看板には「矢ノ川峠808m」とありました。この木の場所に稲田さんの慰霊碑が現在あります。→

在りし日の矢ノ川峠茶屋。母親ひさのさんから昭和23年受け継いだ稲田のぶへさんは以後11年間に渡りこの茶屋を守り通しました。
(写真提供:「郷愁の矢の川峠」やのこ小僧さん。)  この矢ノ川峠茶屋は稲田のぶへさんの人生そのものでした。

稲田のぶへさんの面影。(提供:やのこ小僧さん)剥いているのはリンゴ。上の写真にも写っていますが、茶屋にはリンゴが沢山有ったそうです。稲田さんはいつも和服に割烹着スタイルだったそうです。

ほぼ同じ場所にて小生です。感無量ですね。→

矢ノ川峠熊野方面。峠の茶屋は右手にありました。稲田さんがかつて住んでいた住居の跡も残っています。

矢ノ川峠尾鷲方面。この日は晴天の良い天気で遠くまで見通せました。お約束でティータイムもちろん行いました。

さあ、待望の下りです、慎重に下って行きます。

賀田湾が眼下に見える場所が1ケ所あります。→

この矢ノ川隧道は一種独特な雰囲気がありますね。

時間もないのでサ〜〜〜っと流して行きます。2番目の隧道。

トンネルは峠から順番に表示しています。

中も仕上げてあるのは矢ノ川隧道とここだけ。

最後のトンネル。素掘りで良い感じです。

矢ノ川峠道の竣工記念碑。開通は昭和11年のはずですが・・・???
昭和15年とありました。ハテ???→

R42号との合流地点に出ました。後は・・・尾鷲まで下るだけです。

紀南線バスは左に曲がりました。

PM5:20ようやく紀伊木本〜尾鷲紀南線バス路線完走しました。いや〜〜〜疲れましたが・・・・充実感あります。

■編集後記

5月9日に走ったこの紀南線営業路線をトレースするという、ちょっとパラノイア的なアイデアのツーリングは無事終了してレポートもめでたくUPする事が出来ました。今回、非常に驚いたのが、もうまったく偶然だったのですが、尾鷲在住のやのこ小僧さんと尾鷲駅前でバッタリお会いしてしまって・・・・どうやらご家族で遊びに行く途中のようでした。去年の紀南線廃止50周年記念では大変お世話になり、今回も峠の茶屋と稲田のぶへさんの写真提供して頂きました。この場をお借りしまして厚くお礼申し上げます。

最後に開通した紀勢線の区間を輪行して紀南線バス営業路線をトレースするというツーリングは以前から考えていてのですが、やはり面白かったです。このアイデアは去年発行になった本「想い出の矢ノ川峠」の資料がなかったら浮かびませんでした。いや、矢ノ川峠を何回か越えた小生としては待ちに待った本という感じです。この本で大体全て分かります。願わくば・・・・
この紀南線関連のバスや峠の茶屋、稲田のぶへさんの事を主体とした「紀南線バス博物館」(仮題)なるものが尾鷲市か熊野市のどこかに出来ないかなあ・・・・とヒソカに期待しています。それと・・・・この紀南線のバス、矢ノ川峠茶屋と稲田のぶへさんの物語の映画などもし出来たら・・・・かなわぬ夢ですが、そんな事考えています。最後まで見て頂いて有難うございました。

2010.6.2