1946    Rene' HERSE  CAMPING    F No:146

■はじめに

正に博物館級の'46年製作 Rene'HERSE CAMPING。綿密な考証による部品アッセンブル、完璧なレストアで当時の名車が時代を超えて蘇りました。

Rene 'HERSEはオーダー自転車専門店の前は自転車部品店、そのもっと前は航空機関係の仕事に就いていたというのは有名な話です。
第2次世界大戦が始まる前あたりまではフランスは航空機先進国でした。'30年代には航空機の新しい材料としてデュラルミンが出廻り始めますが、その強度と軽さにRene'HERSEはいち早く注目、これからの自転車の素材はこのデュラルミン(今のカーボンですね)と見抜いてまず部品から作り始めます。

1935年、いかに自転車を軽く、トラブルの無い強度のある車に作り得るかという、「コンクール・デュラルミン」がル・シクル、レキップ紙主催で始まります。まだRene'HERSEが工房を開く1年前の事でした。この時はまだ部品しか作っていませんでしたが、Rene'HERSEが自分の作った部品を装備して自分の作った自転車で走るのが理想・・・・と考えたのは想像に難なくありません。そして'36年航空機の仕事をしながらもRene'HERSEは工房(まだ部品のみだった)を開業、仕事を始めてまもなく第2次世界大戦が勃発、Rene'HERSEは'40年、パリへ移り航空機の仕事から離れて自転車1本で行こうとしますが・・・・?破竹の勢いでヨーロッパを制圧したナチスドイツにパリを占領されてしまってRene'HERSEは'44年8月のパリ開放まで仕事が出来なくなりました。ここにご紹介する車はパリ開放から1年半後の'46年、1台目製作になるきわめて貴重な車になっています。

Rene'HERSEオリジナルカンティーブレーキの"SPEEDY"。

FメカはWワイヤーで操作されます。

■つっちーさん書き下ろし この車の生まれた時代背景などの解説です。

■この車について
1940年 Rene Herse最初の自転車を製作。シリアルナンバー 146(1946年製1台目)ルネ・エルス38歳、店開店10年目1944年8月24日のパリ開放から約1年半の作品、現存する最古の完成車は1945年である。

■オーナメントの文字
F.ROAUX 28 GRANDE RUE L'ISLE-ADAMフランス パリ北郊外のリラダン 大通り28番地 F.ロゥワ氏

■特徴
・塗装は戦後の物資の不足から、黒である。
・鉄やジュラルミンも同様の理由から全く入手出来ない状況であったため、フレームパイプやアルミ製の部品は全て戦前からエルスにおいて在庫していたものがアッセンブルされている。例えばブレーキ千鳥が戦前型であるのはその一例である。
・ヘッドチューブの上下ラグには飾り窓が付いている。 1947年頃には現在知られている形状に変更されている。

・リアエンドには飾り窓が付いている。・ステムがステアリングコラムに直接固定されている(現在のアヘッド式と同じ構造)・前ディレーラが天秤式ダブルワイヤー駆動になっている。カタログに載っていない。 1950年製のエルスのものは、丸い滑車にワイヤーを巻き付けてダブルワイヤーで駆動している。・後ブレーキがシートステーの内側に取り付けられている。(第1期カタログ参照)・前キャリヤの固定が、フォーククラウン上とエンドである。

・SPEEDYのブレーキは、まだオリジナルのカンティブレーキの製作前で、エルスが開発したもの。 1938年9月のル・シクリストに、1938年テクニカル トライヤルでエルスにより発表された記事が載っている。良く知られているオリジナルのカンティブレーキの使用は1946年後期からと思われ る。このブレーキを見本にして作られたと思われる。形が類似している。

・シクロランドナーはVブラケットの固定部分に補強板がない。この時代はすべてこの方式。上下プーリーには、グリスニップルが取り付けられている。・ボトムブラケットはいわゆるSKFのラジアルベアリングの入ったものではなく、より高精度高強度なテーパーローラーベアリング(航空機用)が入ったものであり、戦後の5年間位の間だけ使われていたもの。現在のボトムブラケットに通じるものがある。













(私言)

エルス氏は以前に勤めていたブレゲ社で培った航空機技術を使った軽くて高性能な地上をたとえて言えば滑空する様な自転車を作ろうとしていました。当時のジュラルミンは現代で言えばカーボンファィバーの様な新素材で、その使用への意欲な相当なもので、その前段階として1936年から1940年の間はもっぱら部品の製作をしており、1940年に初めての完成車を製作したのですが、その途端ナチスドイツがパリを占領してしまい、1944年8月のパリ開放まで休業するほかなかったのではないかと思われます。

エルス氏はこの間色々な部品の更なる開発と完成車への構想の立案をしていたのではないでしょうか。このようなことから、最高の自転車を製作したいという意欲が彼の心の中に満ち満ちており、色々なメカニズムへの挑戦を試みる時期であったと思われます。戦争がようやく終わり実車の製作に結集したのです。オーダーを受けて製作するにあたり、金銭の損得ではなく、自分の満足のいくように製作していたのではないかと思われます。1945年製頃の車は大変手間をかけられており、完成度がその後の車の完成度よりもはるかに高いのはその現れであると思います。今回レストアをしていただいた土屋氏もまさに同じ様な状態で、オーナーに相談する時間も惜しんで、情熱的に製作されていました。

そしてそれらが第1期の総合カタログ(1950年頃)に結実したのではないかと思えるのです。更に、1940年から1944年の間の自転車がインターネットでは見つけることが出来ませんでした。つまり、1940年の最初車を除けば、本格的に完成車の製作に着手したのは1945年からで、1945年製作の車しか見つけることは出来ませんでした。つまり、エルスレーシングチームやレース用に製作された車を除けば、エルスが製作した最古の車は1945年製となるのではないかと思われます。

■フレーム仕様

(フレームパイプ)    レイノルズ531 530mm シリアルナンバー 146
(エンド)         RENE HERSEストレートドロップアウト
(ラグ)         RENE HERSEラグ
(フレーム仕様)    ポンプペグ台座 ダウンチューブ18インチ
           RENE HERSEカンティ台座
           エンド幅 前95mm 後118mm
                   内蔵 ダイナモコード カーボンブラシ
(キャリヤ)       (前)パニヤバッグ用 エンド部取付はコの字型
            (後)パニヤバッグ用
(塗装)       黒色 金線引き

              

■部品

(ヘッド小物)    ストロングライトP3(四つ穴ロックナット)フレンチ
(BBベアリング) オリジナル SKF 装着品 KOYO
(ハンドル)       AVA ランドナー405mmフレンチ(シラニック塗り)
(バーエンド)     ワインコルク
(ステム)        RENE HERSE 60mmフレンチ ステアリングコラムに直接固定
(ブレーキ)      RENE HERSE SPEEDY カンティ RENE HERSE千鳥(滑車 大:戦前形)
          後ブレーキはシートチューブ側 ベアシステム
(ブレーキレバー)   マファック フーデッドレバー(レバー部裏のリブ無し)
(サドル)       ブルックス B17チャンピオン スタンダード オーバルロゴ
(シートピラー)    RENE HERSEアルミ 26mm
(チェーンリング)     RENE HERSE 48X30
(ギヤクランク)      RENE HERSE 165mm
(BBセット)      RENE HERSE ティムケン テーパーローラベアリング型
(ペダル)        リオタード 45dural  (トークリップ)パトロード (トーストラップ)パトロード
(ディレーラー)      リア  シクロランドナー4Vガイド付き 上下プーリーにグリスニップル付き
               フロント RENE HERSEダブルワイヤー天秤式
           レバー シクロ(前後)
(リム)        マビック650B-36H(旧マーク)
(タイヤ)       ミシュラン650B-42Bアメサイド
(ハブ)           カーマキシー 穴無しミディアムフランジ 36H 無垢シャフト
                ベル ウィングナット
(スポーク)      トロア エトワール #14
(フリーホイール)    モアイン 14×17×19×22フレンチ
(チェーン)       ブランプトン3/32
(インフレータ)      アドホック プロフェッショナル 18”
(ガード)       レフォール パオン深曲がり(中央に黒線引き、金線の縁取り)
(電装)           前後ケーブル 内蔵
          ダイナモ  ソービッツ#27
          ヘッドランプラジオス16
          テールランプ JOS FCMガラス
(ベル)        ソネット シルバー


■Rene HERSEが働いていたブレゲ社:

ブレゲ社:現在のダッソー社、ミラージュ戦闘機で有名。フランス革命前からある精密機械の老舗。今は航空機部門と分かれて現在は時計メーカーとなっている。      1974年にブレゲーと合併し、ダッソー・ブレゲー社。
1990年にダッソー・アビアシオン社に改名

SPECIAL THANKS:つっちーさん

'50年代Rene’HERSEカタログよりCAMPING

'50年代ツーリングキャリア。サイド枠が登場するのは
'60年代になります。

■各部分の写真は次へをクリックして下さい。

No39

2008.9.25